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第4 回 精進料理醍醐 4 代目料理長 野村 祐介氏  厨房哲学 

第4 回  難しいのではなく、簡単ではないという発想に切り替え次から次へと迫るハードルを乗り越える

【週刊ホテルレストラン2019年07月26日号】
2019年07月26日(金)
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再開発が進む東京・愛宕山エリア。その中で愛宕山の麓に佇む数奇屋造りの店内で旬の食材を吟味した懐石形式の精進料理を手掛けているのが、1950 年創業以来の4代目料理長 野村裕介氏だ。祖母や若くして他界した亡き母の他人のために尽くす姿を見て育ってきた。フランス料理から精進料理の世界へ、“ 難しいのではない、簡単ではない” という精神で幾重ものハードルを今もなお越え続けている。

精進料理醍醐
4 代目料理長 野村 祐介氏
YUSUKE NOMURA

1981 年生まれ。大学卒業後、バーテンダーやソムリエ、フランス料理などを経験し、現在精進料理醍醐の料理長を務める。現在は日々の営業の傍ら、飲食専門はもちろん、東京大学や立命館大学などでも講義を行ない、自身もアメリカやフランス、タイ、トルコ、中国などの各所を回り、後進の育成と自身の向上に努める。またチームラボとのコラボイベントやANA の会員向け特別コースの提供、海外支店の出店など積極的に活動する。

 
―高層ビルの中に広がる都会の喧騒を忘れさせる庭園や数奇屋造りの店内はとても心が落ち着きます。ミシュラン2 ッ星も獲得され、世界各国からの要人も多数訪れているとお聞きしました。プロフィールを拝見するとバーテンダーやソムリエ、フランス料理の世界から精進料理の世界へ転進され4 代目として引き継がれています。
 
野村
 三人兄弟の末っ子でした。長男は調理人、次男はまったく別の仕事に就き、私自身は大女将と母である若女将の姿を見て育つ中で、直接お客さまと接するサービス業に興味を持ち、大学卒業後、バーテンダーやソムリエを経験しました。祖父母と両親でお店を切り盛りしていましたので、学校の行事には参観してもらえないなどさびしい思いもしました。
また中学校2 年生のときに若女将であった母が他界したため、その後は大女将に育てられました。大女将も母もいったいいつ寝ているのだろうか? と思うほどよく働いていました。深夜1時ごろにお花を生けていたり、食事もおいしいところは家族に食べさせるなど、本当にいつも人のために尽くしていました。お茶の会などの集まりでもいつも輪の中心にいてその場を盛り上げるなど、大女将、そして若女将がいるとその場の雰囲気がパッと明るくなるのです。自分のことはさておき、お客さまやどんな人にでも楽しんでいただく、喜んでいただくことを第一に立ち居振舞っていたのです。まさに人のために尽くすサービス力こそが大切なことであると思い、サービス業に傾注していったのです。
そして27 歳のとき、醍醐のサービスの立てなおしのために2 年間戻ってほしいという依頼があったのです。
 

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