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【レポート】始まりの地で生まれるウイスキー:リンドーズ・アビー蒸溜所セミナー

2023年08月22日(火)
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エリオット・ヒギンス氏
エリオット・ヒギンス氏

本記事は、2023年8月7日に表参道にあるTOKYO WHISKY LIBRARYで開催されたリンドーズ・アビー蒸溜所(Lindores Abbey Distillery)セミナーのレポートである。エクスポートディレクターのエリオット・ヒギンス氏とウイスキー文化研究所代表の土屋 守氏が講師として登壇した。
 

【始まりの地】
人類とアルコールの関係というのは古く、アルコールを代謝する酵素自体は霊長類がアルコール性の果物を消費できるように一千万年前からあるとされている。蒸溜酒の始まりに関する確かな資料はまだ見つかっていないが、ウイスキーに関しては一番古い史実というものが知られている。世の中にあるウイスキーの専門書を開くと、たいてい歴史の箇所に次の言葉が記載されている。
 

“8 bolls of malt for Friar John Cor wherewith to make aquavitae.”
 
蒸溜技術自体、古くはメソポタミアや古代エジプトまでさかのぼるが、冷却の技術というのは中世まで待たなくてはならず、蒸溜酒が広く伝わるのはアラブの錬金術師によって洗練されてからになる。11世紀から12世紀にヨーロッパでもその技術が広まるようになり、各所で蒸溜酒が造られるようになる。
 
当時の背景からも、現代のような企業が造るというものではなく、薬や武器といった使用目的もあったため、修道院と関連した場所で生産されていた。その史実を示すのが、上述の一文で、8ボルとは今の単位で言えば約500kgに当たる。ジョン・コーはファイフにあるリンドーズ修道院の修道士で、この記述は1494年のものでスコットランド王室財務記録帳に記載されており、スコッチウイスキー関連最古の文献と言われている。
 
ただ、このリンドーズ修道院は1559年に閉鎖されており、1585年には、エディンバラの議会が修道院の時計を購入していた記録から解体が進んでいる様子が確認されている。その後、様々な者の手に渡り、1913年に修道院があった土地を現在の所有者であるドリュー・マッケンジー・スミス氏の曽祖父であるジョン・ホウィソン氏が購入をする。

【歴史が再び動く】

マイケル・ジャクソン氏から送られてきた著書には「127ページを見てくれ」との記載が。そこにはリンドーズ修道院の壁と大樹の美しい写真と共に歴史が語られている。
マイケル・ジャクソン氏から送られてきた著書には「127ページを見てくれ」との記載が。そこにはリンドーズ修道院の壁と大樹の美しい写真と共に歴史が語られている。

時は流れ、2000年に著名なウイスキーライターであったマイケル・ジャクソン氏が見学に訪れ、翌2001年に氏の著作「Scotland and its whiskies」が送られてくる。そこには、美しい写真と共に「For the whisky-lover, it is a pilgrimage.(ウイスキー愛好家にとって、ここは巡礼の地である)」との記載があり、初めて裏庭の廃墟が歴史的に価値のある修道院であったことを知る。
 

2003年にドリュー・マッケンジー・スミス氏が所有者となり、2016年に蒸溜所建設を開始、2017年より操業を開始したのが、リンドーズ・アビー蒸溜所だ。日本でも、埋蔵文化財包蔵地の発掘調査で新しい発見がされているのを目にすることがある。自身の購入した土地にある廃墟が、実は歴史的な建造物であったなら驚きは隠せないであろう。
 
また、近年のホテル開発でも見られることだが、歴史的な空間を引き継ぎながら活用するケースがみられる。先日行われた、アイル・オブ・ラッセイ蒸溜所セミナーレポートの際にも記載したが、こうした空間人類学的な視点でみる「テリトーリオ」や人、歴史、場所との繋がりというのは学術的にも注目がされている。地層のように積み重なる歴史を掘起こし、現在に蘇らせることで、新たな意味を生みだすこともできるようになる。
 
こうした理由から、リンドーズ・アビー蒸溜所では、「1494年」と「aquavitae」という言葉は特別な意味を持つ。前者は1494年の記録としてシングルモルトの名前に用いられており、後者は当時のレシピを忠実に再現した形で販売されている。特にアクアヴィテは、後述の通り他にはない個性があり、はるか昔の味わいに想いを馳せることができる。
 
【特徴的な製法】
ウイスキー造りには、味わいを決める様々なポイントがある。例えば原料や発酵、蒸溜といった各工程でどのような選択をするかによって、最終的なスタイルが決まってくる。リンドーズ・アビー蒸溜所の特徴として外せないのが、2回の蒸溜に用いるポットスチルの大きさと数、そしてSTRと呼ばれる樽の再利用方法だ。
 
これには、数々の蒸溜所のコンサルタントを手掛けた、故ジム・スワン博士によるところが大きい。ワインの世界でも有名なコンサルタントがいるように、博士も数々の蒸溜所と仕事を行ってきた。リンドーズ・アビー蒸溜所もその一つであり、博士のノウハウが色濃く反映されている。
 
まず一つに蒸溜器の組み合わせがある。リンドーズ・アビー蒸溜所では、初溜釜(ウォッシュ・スチル)1基に対して、小さめの再溜釜スピリット・スチル2基で蒸溜を行う。蒸溜工程の重要な役割として還流(reflux)がある。還流とは、液体が沸騰により気化して蒸気となったものが冷やされて凝縮し、再び液体へと戻るサイクルを指し、還流が多いほどスチルとの接触が多くなることを示す。銅製のスチルには硫黄化合物といった不快な香りの素となる化合物の除去を含め様々な役割があるが、樽熟成と同様に表面積の割合が大きいほど接触の効果が期待できる。
 
二つめは、STRと呼ばれる樽の再利用方法が挙げられる。STRとは、Shaved, Toasted, Re-Charredの頭文字から来ており、文字通り使用済みの樽を削って、トーストして、再度チャーを行い再利用した樽を指す。用いられているのは赤ワイン樽とのことであった。
 

こうした特徴的な製法を含む原酒が造られ、バーボン樽熟成のもの、STRワイン樽熟成のもの、シェリー樽の3種類に加え、それぞれを65, 25, 10の割合でブレンドしたシングルモルトMCDXCIV(1494)が販売されている(M=1000, CD=400, XC=90, IV=9で1494)。セミナーで提供されたこの4種とアクアヴィテの試飲コメントを踏まえ、少し紹介したい。

リンドーズ・アビー アクアヴィテ
大麦麦芽を原料としてポットスチルで蒸溜したスピリッツに、敷地内で収穫したクリバース、スイートシスリー、ダグラスファーなどのハーブと、スパイスや ドライフルーツを、糖分を加えずに約7日間浸漬して造られる。
 
色合いは淡いゴールド。香りがとても印象的で、様々なスピリッツを扱うバーテンダーは「??」と一瞬戸惑うだろう。ジュネヴァのような雰囲気にバラツク・パーリンカを想わせるような香りとスパイスの香り。ジンではないけどスパイスは感じるし、フルーツ感もある…と興味をそそられる。スパイスは、青さや軽さのあるハーバルな印象ではなく、やや湿り気のある土にも似た香りとコショウやショウガのように刺激的な印象がある。わずかにお香や香木のようなニュアンスも感じられる。
 
味わいは、まろやかさがあるミディアム~フルボディの辛口。辛口だが、フルーツ系の豊かな香りがありフレーバーは甘めに感じられる。中盤に差し掛かるとスパイスのニュアンスと香りよりもハーバルな印象が広がり、その後にスピリッツの上品でクリアな華やかさ、フローラル感がある。余韻に近づくにつれてフルーツの印象とスパイスの印象など多彩な香りが重層的に感じられる。スピリッツのクリアで華やかなニュアンスに、少し重めのフルーツ感が乗っているのが心地よい。
 
このスピリッツの特徴は、ニートでも楽しめるが、炭酸で割ったり、ベーススピリッツとしても様々な楽しみ方ができる点にある。ジンよりも大人しい印象ではあるが、コクとフルーツの印象が心地よく、余韻近くにはオレンジにも似たフレーバを感じる。バーテンダーにとっても想像を掻き立ててくれる特徴的なスピリッツだと思う。これが昔のレシピだと知れば、更に創造性を刺激してくれるだろう。


先程少し述べたように、リンドーズ・アビー蒸溜所では「ザ・カスク・オブ・リンドーズ」シリーズとして樽ごとの製品を出している。このシリーズは、香りにはそれぞれの樽の印象が色濃く反映されているが、中盤以降のスピリッツからくるであろう印象は、ややモルト感がありながら、長い発酵由来のエステリーな雰囲気、クリーンな印象が同じトーンとして表れてくる。
 
リンドーズ ザ・カスク・オブ・リンドーズ バーボン
バーボン樽らしい、バニラや甘い雰囲気がしっかりと感じられる。蜜系のニュアンスに、スピリッツのモルト感とエステル由来のフルーツ感が感じられる。
 
リンドーズ ザ・カスク・オブ・リンドーズ STR ワイン バリック
ドライフルーツやトフィー、コニャックに近い印象がある。厚みがあり、オレンジや木の酸、わずかにアーシーなニュアンスが感じられる。
 
リンドーズ ザ・カスク・オブ・リンドーズ シェリーバット
こちらはシェリー樽らしい、シロップ感やべっこう飴、ドライフルーツケーキのような重くねっとりとしたニュアンスを感じられる。
 
 
そして、バーボン65%、STR25%、シェリー10%の比率でブレンドされたものがシングルモルト MCDXCIVだ。ブレンドによりそれぞれの良さが調和されている。
 
リンドーズ シングルモルト MCDXCIV
色合いはミディアムゴールド。香りは柔らかく、甘くフルーティーさがある印象を受ける。樽感、特にバーボンに感じた香り、花の蜜、スイートとフローラルのバランスが良い。僅かにモルト感がある。
 
口当たりは丸みを帯びて柔らかく優しいが、アルコールの若さを想わせるピリッとしたニュアンスがある。中盤からトロピカルな印象が広がり、そこにシェリーの甘さが加わる。ブレンドすることでそれぞれの樽の良さが加わりつつ、発酵由来のエステル感がもたらすトロピカルな印象といったスピリッツのニュアンスもより顕著に感じられる。少し大人しい印象だが、上品さと丁寧さを感じさせてくれる味わい。
 
 
リンドーズ・アビー蒸溜所はその歴史的な価値だけでなく、近代的な設備と共に丁寧で高品質なスピリッツとウイスキーが造られている。マイケル・ジャクソン氏が巡礼の地と評したように、ウイスキー好きならば訪問だけでなく、その味わいを一度は試してみたいと思うだろう。
 

ウイスキー文化研究所代表の土屋 守氏
ウイスキー文化研究所代表の土屋 守氏

当日は、プロ向けのセミナーということもあり専門的な質問が飛び交った。土屋氏の経験に裏打ちされた解説もあり、参加者はリンドーズ・アビー蒸溜所で生まれる味わいの秘訣の一端を感じることができたのではないだろうか。
 

新しい蒸溜所の中でも歴史的な意味合いの強い蒸溜所だが、こうしてその歴史の一端に触れることができるのは大変嬉しい事である。ウイスキーもだが、まずはアクアヴィテを手にしてみてはどうだろうか。昔の味わいに思いを馳せつつ、新しい刺激がそこにはあるだろう。


【参考文献】
Russell, I., Stewart, G. and Kellershohn, J. ed (2021), Whisky and Other Spirits: Technology, Production and Marketing, Academic Press
Miller, G. H., Whisky Science: A Condensed Distillation, 2000, Springer
Wondrich, D. and Rothbaum, N. ed (2021), The Oxford Companion to Spirits and Cocktails, Oxford Univ Pr
Moss, M. S. & Hume, J. R, The making of Scotch Whisky: A History of Scotch Whisky Distilling Industry, 2000, Canongate Books(坂本恭輝 訳(2004)『スコッチウイスキーの歴史』国書刊行会)
Anthony Dias Blue, The Complete Book of Spirits: A Guide to Their History, Production, and Enjoyment, 2004, William Morrow
Michael Jackson, Scotland and its Whiskies: The Great Whiskies, the Distilleries and their Landscapes, 1999, Watkins Publishing(山岡秀雄 訳(2002)『スコッチウィスキー、その偉大なる風景』小学館)
Edinburgh Whisky Academy, The History of Whisky and Distillation, 2019
米元俊一(2017)『世界の蒸留器と本格焼酎蒸留器の伝播について― 本格焼酎の古式蒸留器の伝播を香料学や調理学の立場から考える―』別府大学紀要, 第58号, 119-136
植田曉, 陣内秀信, M.・ダリオ・パオルッチマッテオ, 樋渡彩(2022)『トスカーナ・オルチャ渓谷のテリトーリオ』古小烏舎 
Eichinger, I., Schreier, M., & van Osselaer, S. M. J. (2022). Connecting to Place, People, and Past: How Products Make Us Feel Grounded. Journal of Marketing, 86(4), 1–16.
岡崎達也 編(1982)『化学工学入門』三共出版
 
担当:小川

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