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価値を創るホテリエ 最終回 連載 価値を創るホテリエ

最終回 まとめ

2019年01月08日(火)
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Ⅴ 結びに
 
ここまで、宿泊・サービス業界の現場で働く人たちに、是非知っておいて頂きたいことを、できるだけ容易に、ただし論理的に(=理性の観点から)書き進めてきたつもりですが、最後に精神面、心構えの問題について(=感性の観点から)、感じていることを三つほど記させて頂きたいと思います。
 
一つめは、「変えること、変わることを恐れないでほしい」ということです。

宿泊・サービス業界で働く人たちには、概して“変化”を好まない、保守的な人が多いように思われます。伝統や格式、諸先輩から受け継いだやり方を大切にするのは大事なことですし、その気持ちはよくわかります。ただそこに固執するあまり、社会環境の変化や技術の進歩への対応を怠ってはいけません。

“コダック”というアメリカのフィルムメーカーの名前をご記憶の方も多いと思います。かつてはカメラフィルムの製造販売で、世界の6割のシェアを誇ったトップメーカーで、日本でも“フジ(富士フィルム)”、“さくら(小西六)”と共に、3社で市場を占有していました。
ニューヨーク証券取引所の主要銘柄を集めた“NYダウ30インデックス”にも採用されていた、まさにアメリカを代表する一流企業でしたから、「次の世代」への備えもきちんと行ない、世界で最初にデジタルカメラを開発したメーカーでもありました。それでも世界シェア6割を誇る“得意分野”である“フィルム”へのこだわりを捨てることができず、新たな事業分野として期待された医療事業を売却したり、せっかく一番乗りを果たしたデジタルカメラへの商品シフトが遅れたことなどが致命傷となって、2012年に倒産(会社再生法の適用)となってしまいました。

大事にする“得意分野”へのこだわりを捨てきれなかったために、技術の進歩や社会の変化を(気づいていたにもかかわらず)軽視してしまい、充分に変化への対応ができなかったことで、世界の一流企業が消えてしまったのです。

イギリスの科学者ダーウィンが、有名な著書「進化論」の中で述べている「強いものが生き残ったのではなく、変化に対応できたものだけが生き残ったのだ」という言葉の、実例とも言えます。

これほどの大ごとではなくとも、このようなことは宿泊・サービス業界の現場でも頻繁に起こります。例えば、一流のシティホテルとして、創業以来客室の冷蔵庫でドリンクを提供し、ルームサービスにも対応してきたとしても、人手不足によってどうしてもお客さまのチェックインとき間までに部屋の準備が間に合わなかったり、月に数件程度の夜間のルームサービス対応のために調理スタッフの休日が取りづらくなったり、ということであれば、躊躇なくこれをやめる決断をすべきだと私は考え(自販機による飲み物の提供などの準備をした上で)その通り実行しました。
ホテルとして優先すべきは、部屋の冷蔵庫での飲み物の提供やルームサービス対応よりも、定められたチェックインのとき間に、きちんと整った部屋をお客さまへお待たせすることなく提供すること、レストランや宴会でクオリティの高い料理を提供すること、の方が大事であると考えたからです。

そして形式にとらわれて本質がおろそかになるよりも、その方がずっと伝統や評判を守ることにつながるはずだ、とも考えています。
常連の良いお客さまに支えられて繁盛していたお店が、常連客を大時にするあまり、新たな顧客開拓を控えていたことから、やがて常連の世代交代が起きたときに急に客足が減少して、経営が難しくなった例もあります。
常に起こる変化に柔軟に対応していくためには、自らの組織、やり方を変えることを躊躇したり、恐れたりすることなく、果敢に決断することが必要であると、私は考えます。
 
二つめは、「広い視点でものごとを考えてほしい」ということです。
私が社会人1年生のとき、指導役の先輩に教えられて、それ以来心して実践してきたことが「ひとつ上の立場でものを考える」ということでした。

一般のスタッフであればマネージャー、マネージャーだったら支配人の立場・視点に立って、何をなすべきかを考える、ということで、これを心掛けることによって、目先の自分の周りのことだけでなく、ひとつ上の立場から、全体を考えて行動する習慣をつけることができました。
「俯瞰(ふかん)する」という言葉がありますが、鳥の目になって、上空から全体を見下ろすことによって見えてくる、側面からだけ見るのとは違う“気づき”や発想が、大きな意味を持つことが少なくありません。織田信長が2,500人の兵を率いて、25,000人の兵力を持った今川義元を破った「桶狭間の戦い」は歴史上有名な話ですが、「同等の武器を持った戦いでは、個の力は1対3を超えられない」というランチェスターの法則を覆す、10倍の兵力を打ち破った戦いは、(諸説あると思いますが)“俯瞰することによって得られた戦略の勝利”であると、私は思います。普通に考えれば、2,500人で25,000人に挑むのは無謀としか考えられませんが、俯瞰することによって、桶狭間という山に囲まれた狭い空間(=まさに狭間)を見つけ、そこを戦いの場に選んだことで、全体では圧倒的な劣勢であっても、その空間だけに限れば互角、もしくはそれ以上の戦いができる場所を“切り取って”、そこに勝負をかけた戦略の勝利だったのではないでしょうか。

自分の部署・職場だけでなく、事業所・ホテル全体を考えたらどうなるか、競合他社を含めた地域全体を考えたらどうなるか、広い視点でとらえた柔軟な発想が、新たな気づきをもたらし、より良い結論に導いてくれるものと考えます。
 
三つめは、今さら申し上げるまでもないとは思いますが、「自分の組織・ホテルを愛してほしい」ということです。
施設・設備など、自分たちではどうしようもない面で、「そうは言っても…」という方も少なくないとは思います。それでもやはり、訪れてくれるお客さま、共に働く同僚、そして自分自身のためにも、最良のパフォーマンスを得るために、「自分の組織・ホテルを愛してほしい」と思います。何より、そこで働く人たちが好きでもない施設を、お客さまが好きになってくれる筈がありません。
そして、色々な問題はあるにせよ、その施設を愛していればこそ、どうしたらそれを乗り越えられるかを、考えることができます。
ホテルの現場で働いてみて、大変ありがたいことに、そこで共に働く仲間たちが、私にとってとても大切な、愛すべき存在となりました。

赴任してすぐに、全員と個別に面接を行い、各々の仕事ぶりや悩みなどを聞かせてもらいました。当然雄弁な人もいれば、なかなか本心を出そうとしない人もいましたが、彼らは一様に自分たちのホテルや仕事が好きで、まじめで、明るくコツコツ働く、素晴らしい人たちでした。
そしてつきあたったのが、「どうしてこんなにホテルのことを思って、よく働く人たちの給料が安いのか」という、冒頭に述べた疑問でした。
なんとか彼らの処遇・給料が改善されるようにしなければいけない、そのために先ず取り組んだ課題が、ホテルの収益の向上でした。
そしてこの課題を達成するために、自社と競合他社の分析を行い、ビジョンを定め、そこに至る戦略を策定して、全員を巻き込んでこれに取り組んだことは、既に書いた通りです。

そこで、もうひとつの課題にぶつかりました。もちろん、ホテルの収益をあげることで、そこで働く人たちの処遇の改善を図ることは「王道」ではありますが、ビジョンや戦略だけではせいぜい中期的な改善までしか望めず、長期に亘って処遇の改善を続けていくためには、やはり個々の力、各々の付加価値を高めていくことが必要ではないか、ということでした。

もちろん付加価値というのは、各々の職務に応じて、美味しい料理を作る技量であったり、快適なサービスを行うための心遣いであったり、さまざまなものがあります。ただそういう宿泊サービス業界特有の、仕事をするうえで必要不可欠な付加価値については、当然各人がそれを身に付ける必要性を充分に認識し、既にそのための努力をしていますし、門外漢の私などがとやかく言う必要無く、各々の上司や先輩社員など、多くの人たちがそれを指導してくれています。

一方で人の上に立つのに必要な、組織を機能させるための、人を動かす、数字がわかる、戦略をたてる、等のマネジメントに関しては、必要性の認識すら持たない、“頑固な職人気質”(美味い料理さえつくれればいい、お客さまに喜んでもらえるサービスマンに徹すればいい、など)が多いように感じました。しかし現実にはこうした分野の付加価値を身に付けて、人の上に立つポジションに着かなければ、処遇を大きく高めることはできません。もちろんこの業界にも、立派なマネジメント理論を習得され、それを実践していらっしゃる方は多くいらっしゃることと思いますし、そのような方の書かれた理論を拝見する機会も少なくありません。ただ、こちらは逆にかなり高度な内容で、一部のトップの方々でないと、中々理解し辛いのではないか、という内容が多いように感じられました。

私がここで書きたかったのは、そういう業界を引っ張るようなトップのための理論ではなく、現場で働く、中間マネジメントになったばかり、もしくはこれからなろうとしているような、若手の中堅社員の方々の身近な題材を使った導入書です。

ですからここでは極力“わかりやすく”を心掛け、具体的なこと例を引いて、数字や理論に対する苦手意識を持たないよう、必要最低限の“導入”部分にとどめてあります。これを読んでくださった方が、それぞれの理論や手法に興味を持って、さらに深く知るための専門書の方に進んで頂くきっかけになれば、これ程嬉しいことはありません。

また、ひとりでも多くの宿泊サービス業界で働く人たちが、ここで触れたような自らの付加価値を高めていくことに取り組むことによって、自らの処遇の改善につなげていかれることを、心から祈念しています。 

 

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