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第8 回 Part1 中村勝宏プレゼンツ ~美味探求~ 

第8 回 Part1 ナベノイズム Nabeno-Ism 渡辺 雄一郎 氏

【週刊ホテルレストラン2018年12月28日号】
2018年12月28日(金)
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中村 ボキューズさんのまかないを作れた事自体、実に光栄なことじゃない!
 
渡辺 そうしたら「お前、美味いの作るな」みたいな感じで気に入っていただいて、それでポール・ボキューズさんの門下生というか、有名な最後の晩餐を模した写真がありますね。
 
中村 ああ、知っているよ! 今となってはそうそうたるグラン・シェフが勢揃いしていて有名な写真だよね。
 
渡辺 そうです。あれのボキューズさんの後ろにいるジェラール・アントナンさん。ヒゲ生やしたムスタッシュのおじさんです。そこに行かないか? と言われたわけです。リヨンの近郊のレストラン ラ・テラスという一つ星のお店でした。それで夏の一番忙しいときに、セゾニエみたいな形で行かせていただきました。1 年少々いましたが、当時、ムッシュ・アントナンも現役でしたし、息子のフィリップ・アントナンというのが91 年のMOF で、28 歳で獲ったという、当時の最年少記録を持っていて。
 
中村 それはまた素晴らしい職場に行かれたわけだ!
 
渡辺 そうです。ですので、ムッシュがいてフィリップがいて、僕はシェフ・ポワソニエに指名されました。
 
中村 若くして、シェフ・ポワソニエのポジションを任され、やりがいもあったでしょう。サービスは奥さんがやっていたのかな?
 
渡辺 そうです。毎日喧嘩ばっかりで。すごいなフランス人と思っていました(笑)。

中村 たまに地方に行くとそういう構図が多いけど、本当はすごく仲がよいんだよね。
 
渡辺 はい、そうなんです。
 
中村 奥さんはよりお客さんの立場で物事を厳しく言ってきますが、わかっていてもシェフもついつい反発してしまうんだよね。
 
渡辺 そうなんです(笑)。まったくそのとおりなんです。それで研修のつもりで行ったらシェフ・ポワソニエに指名され、当時私は23、4 で全部一人でやらねばならなく、昼休みなんか取るヒマもなく、一人でモクモクとやっていると他のスタッフが「お前アホか、なんで休まないんだ」と言われて(笑)。
 
中村 だけれども、その渡辺さんの勤勉さと責任感が先に動いてしまうわけだよね。結果的に自分自身の信頼につながるわけだけど、本人はなんとか間に合わそうと必死にやっているだけのことです、フランス人は意外となんとかなるだろうと、無頓着で休憩はしっかりとります(笑)。
 
渡辺 そうそう。彼らはオンオフがはっきりしていますからね。その間隙を縫ってガッツリと、アントナンさんからソースとかいろいろなものを教えていただきました。
 
中村 そうしたことの積み重ねが、とても大事でフランス人の中で、頭をもたげる原動力につながるわけです。おそらくそこでは、クラシックで基本となる様々な調理技術を会得できたんでしょうね。
 
渡辺 そうなんですね。もうドロドロのフュメ・ド・ポワソンも作っていました。とても可愛がっていただき、家庭によく招かれたり、ノエルも一緒に過ごさせていただきました。
 
中村 それはもうファミールとして認められたんですね。
 
渡辺 そうなんです。それで未だに連絡していますし、フランスに行ったら必ずアントナンさんのところに泊まります。それで僕の父が亡くなる前に「フランスに行きたい」と言い出したわけです。当時シャトー・ロブションのシェフだったんですけど、直接会って『雄一郎がここまで頑張れたのはあなたのおかげだ』とお礼を言いたいと。で、母と3 人で出向きました。アントナンさんのところに泊めていただいて、父も涙、アントナンさんも涙で。
 
中村 良い話だね。人種は違っても信頼という目に見えない結び目は決して揺るがないものです。渡辺さん自身が築いた、その信頼の証を両親に垣間見せることができ、本当の親孝行ができましたね、素晴らしい!!
(Part2 につづく)

ナベノイズム Nabeno-Ism
渡辺 雄一郎 氏
Yuichiro Watanabe
1967年生まれ。辻調理師専門学校・同校フランス校卒業後、1989年、東京「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」に勤務。1991年に渡仏し、フランスの1ツ星レストラン「ラ・テラス(シェ・アントナン)」にて魚料理部門シェフを勤める。1993年、ポールボキューズトーキョーの部門シェフを経験。1994年「タイユバン・ロブション」開業時に部門シェフとして厨房に入り、1996年にスー・シェフに就任。1998年より「タイユバン・ロブション カフェフランセ」のシェフに就任し、2000年、南フランス ヴァンス ミシュラン2ツ星「ジャック マクシマン」や2004年、モナコ「ジョエル ロブションモンテカルロ」にて研修を積み腕を磨く。同年12月より、シャトーレストラン「ジョエル・ロブション」のエグゼクティブシェフに就任。2007年ミシュラン東京(2008)で3ツ星選出以降、2015年版まで9年間継続して3ツ星を維持。2015年10月、21年間にわたり勤務したロブショングループシャトーレストランを勇退。2016年7月7日東京浅草駒形隅田川ほとりにて、「レストラン Nabeno-Ism ナベノ-イズム」を開業。2016年11月「東京カレンダー2016レストラン・オブ・ザ・イヤー」グランプリ受賞。2016年12月「ミシュランガイド東京 2017」1つ星を獲得。2016年12月「ゴ・エ・ミヨ 2017」イノベーション賞を受賞。2017年2月「料理王国2017年シェフが選ぶベストシェフ」にて第一位を獲得、2017年11月「ミシュランガイド東京2018」一つ星を獲得「ゴ・エ・ミヨ2018」4トック17点、2018年フランスの「ラ リスト2018」で世界ベストレストラン1000軒に選出、11月「ミシュランガイド東京2019」二つ星を獲得、現在に至る。

日本ホテル株式会社
特別顧問統括名誉総料理長
中村勝宏 氏
Katsuhiro Nakamura
1944 年鹿児島県生まれ。高校卒業後、料理界に入る。70 年渡欧。チューリッヒの「ホテルアスコット」を皮切りに、以後14 年間にわたりフランス各地の名だたるレストランでプロの料理人として活躍する。79 年パリのレストラン「ル・ブールドネ」時代に、日本人としてはじめてミシュランの1 つ星を獲得。84 年に帰国。ホテルエドモント(現ホテルメトロポリタン エドモント)の開業とともにレストラン統括料理長となる。2003 年フランス共和国より農事功労章シュヴァリエ叙勲。08 年の北海道洞爺湖サミットでは、総料理長としてすべての料理を指揮統括する。10 年フランス共和国の農事功労章オフィシエ叙勲。13 年日本ホテル㈱取締役統括名誉総料理長に就任。15 年クルーズトレイン「TRAINSUITE(トランスイート)四季島」の料理監修。16 年フランス共和国農事功労章の最高位「コマンドゥール」を受章。2018 年日本ホテル株式会社 特別顧問統括名誉総料理長に就任。

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