アイヌ民族を敬い、その魅力や価値を正しく伝えていきたい
宿泊産業の競争が激化し、ゲストのニーズが多様化しているいま、ホテルのマーケティングに求められている戦略は、とんがりをつくることである。とんがりで差別化し、そのとんがりに関心のあるゲストが集まる。本連載では、そんなコンセプトが際立ったホテルや宿泊施設を厳選して紹介し、それを支える秘訣を紐解いていく。担当するのは、立教大学観光学部で宿泊ビジネスを学ぶ学生たち。学生のピュアな心に、日本のホテルはどう映り、どう表現されるのか。
取材・執筆 / 立教大学観光学部3年 菊地梨奈、三浦あおい 監修 / 宿屋大学 代表 近藤寛和
2022年1月14日、北海道白老町にあるアイヌ語で「大きな沼」を意味するポロト湖のほとりで「界 ポロト」は開業した。星野リゾートの温泉旅館ブランド「界」の19施設目で、ブランドとしては初の北海道進出である。豊かな自然に抱かれたポロト湖のほとりに佇むとんがり湯小屋でひたるモール温泉は、日々の疲れを癒し、明日への活力となる。白老の魅力をふんだんに取り入れた「界 ポロト」。弱冠27歳という若さで総支配人になった遠藤美里さんをインタビューした。
弱冠27歳という若さで総支配人になった遠藤美里さん
----どうして星野リゾートに?
元々就職活動のときは、「働き方と社風」を一つ軸にして見ていたところがありました。年齢や経歴を問わず自分の思ったことを発言でき、なんでも挑戦できるような組織文化があることを重視していました。扱っている商品にはあまりこだわりを持っていませんでした。「自分が作り上げた環境によって一緒に働く仲間や、それを享受するお客さまがポジティブな気持ちになってくれたら」と思っていたところはあって、そこが一番実現できそうに感じたところが星野リゾートでした。会社の成長スピードに自分が貢献することができるという実感があるのが魅力だと思います。
ポロト湖畔、「ウポポイ(民族共生象徴空間)」に隣接した場所に開業した「界ポロト」。「とんがり湯小屋」がアイコンになっている
アクティビティや体験で差別化していく
----開業してみての手応え
界ブランドは、北海道初進出なのですが、ありがたいことに道内外からたくさんのお客さまにお越しいただいています。道内のお客さまからは、これまで道内のホテルにはなかった「うるはし現代湯治」や「ご当地楽(ガク)」といった、新たな旅のコンテンツや魅力に興味関心を抱いて選んでいただけているところが嬉しいです。スタッフも、そうしたお声を耳にし、開業準備で頑張って作り上げてきたものがしっかりと伝わっているという実感があるようで、そこも嬉しい手応えです。今後は、私たちがもっともっとアイヌ文化についての知識をインプットしていき、季節ならではのアクティビティを増やしていきたいですね。
開業の前後では、ありがたいことに、数多くのメディアが取り上げてくださってくださいました。元々白老という土地自体も「宿泊地」という認知は薄く、登別温泉に行く通過地点という認識をされていた土地だったので、それをどう転換させていくかは課題として持っていました。ですので、その部分が今回の開業とその後の展開のなかで表現できたらいいですし、そこから上手くリピーターとしてお客さまを増やしていきたいです。
42室、全客室からはポロト湖を見渡すことができる。アートワークやクッションカバーなど、客室内には至る所にアイヌ文様が施されている。
----アイヌ文化を取り扱う上で、気をつけていることはありますか
私たちで文献を見て、たんにそれをそのまま「アイヌ文化はこうです」という風な伝え方にはしないようにしています。まだまだインプット量が足りないので、正しい知識を専門家の教授先生から勉強しつつ、そこから感じた気づきをお客さまに提供することはあります。けれどもそれが唯一一つの正しい情報であるという伝え方はしていません。
表現の中にはとても細かいところもあって、例えば「アイヌ」という呼び方だと呼び捨てにされていると捉えられる方もいらっしゃいます。「アイヌ民族」や「アイヌ文化」のようにちゃんと語尾に言葉をつけてお伝えすることも教授から勉強させていただきました。そうした学びをリリース文書などに反映させています。白老の魅力を発信することで多くの方に知っていただける宿になるために、そういった部分には注意を払い、尊敬の念を持って進めていきたいと思っています。
「△湯(さんかくゆ)」。泉質はモール温泉。浴場室内から露天風呂には温泉内を歩いて出る。
----差別化をどうやって図っていきますか
差別化にかんしては、まだまだ実現できていなくて、これからしっかり取り組んでいきたいところです。ただ、方向性としては、私たちは「お客さまとの繋がり」という部分が小規模温泉旅館だからこそ実現できる強みになると思っています。白老の自然やアイヌ文化をスタッフ自身が学んでその気づきをお客さまに共有するような関係性を構築できるサービスが差別化を図れる要素です。従来のホテルや旅館が、幅広い部屋タイプやブッフェといった目に見える魅力を売りにする施設だとしたら、私たちは「アイヌ文化を中心とした体験」という目に見えない価値を伝えることで「お客さまとの繋がり」をつくっていけたらと思っています。競合にはないこうした新たな魅力をお伝えしつつ、根本の部分では白老の自然やモール温泉の魅力をスタッフ自身が能動的にご提案差し上げるような滞在をつくりたいです。季節に沿ったアクティビティもどんどん展開していきたいと思っています。開業してまだ数カ月ですので、まだまだこれからですね。
----ところで、遠藤総支配人が考える「ホテルと旅館の違い」は?
規模感が違うが故にスタッフとお客さまの関係性、距離感という違いが大きいのではないでしょうか。ホテルは規模が大きいことが直接的な要因ではないかもしれませんが、お客さまからのニーズを受けてそれに応えるというような、いわば主従関係のような形だと思っていますね。「イエス サー」と言うように。一方で旅館は主人がいて主人がお客さまからの要望に応えるだけでなく、こちらからこだわりをお伝えしていて元々の日本のおもてなしのスタイルとしてあるものだなと思っています。例えばお寿司屋さんに行っても「大将今日のお勧めはなんだい」と訊いて、お客さまのニーズを聞く前に「今日はこれが獲れたてでね」「ぜひこの順番で食べてください」ってお話をするじゃないですか。そういったこだわりを自分の言葉で伝えるあり方が旅館です。それをこの「界 ポロト」でも実現させていきたいです。
ロビーのとなりにあるラウンジ的な存在の「トラベルライブラリー」。北海道やアイヌ民族の書籍や雑誌が並ぶ