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砂糖メーカーが創造する「流通と市場」:Farm to Me SUGAR FACTORY

2023年10月18日(水)
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1952年創業で素焚糖をはじめとした含蜜糖製品を得意とする砂糖メーカーである大東製糖(株)は、清澄白河の隅田川沿いにFarm to Me SUGAR FACTORYをオープンした。
 

同社は、寡占化が進む業界への危惧と砂糖活用性の可能性を模索し続け、普段の生活の中では気づきにくい人や自然との営みの循環を感じる場を提供したいという思いを形にした。本店舗の成り立ちは、マーケティングとエフェクチュエーションを考える上で好事例だと思うので、紹介したい。

【マーケティングの本質】
恐らく、日本のビジネスマンにとって「マーケティング」は興味深い領域であろう。しかし、その内容や解釈については千差万別で、何がマーケティングなのか日々悶々とされている方も多いのではないだろうか。米国マーケティング協会の定義は時代ごとに改定され、最新の2017年の定義は以下のように説明がなされている(AMA, 2017)。

 

“Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large. ”(Approved 2017)


様々な側面を持つマーケティングの機能は、時代、特に技術の変遷と共に変化してきた。しかし、その根底には「生産」と「消費」をどのように繋いでいくかということがある。そしてそれは流通に他ならない(上沼, 2014)。日本のように小口多頻度配送が常の社会では、生産と消費の乖離を感じにくくなっているが、遠く離れた地から、空間的、時間的な乖離を超えて消費できるのは、流通が機能して初めて行えることだ。
 
もう一つ、様々なマーケティング定義の中で「創造」という言葉がよく用いられる。いわゆる「売れるしくみ」をつくると表現されるように、市場創造や価値創造、それを伝えるコミュニケーションといったプロセスが考慮される。そうした創造に必要な調査はマーケティングリサーチと呼ばれ、近年豊富なデータと統計的な解析や機械学習も身近になったこともあり本を目にする機会が増えた。
 
なぜこうした前置きをしたかと言うと、Farm to Me SUGAR FACTORYが形になる変遷を知ると、上記のような「市場を創る」とはどういったことなのかがより実感できるからだ。具体的には、今あるものをどう活かすのか、新しく紡いだ(人的)資本をどのように活用すれば良いのかということにおいて示唆に富んでいる。以下、大東製糖(株)の代表取締役木村成克氏の説明を基に、同社の取り組みの道のりを追っていきたい。
 

【寡占業界でどのように戦うか】

木村成克氏
木村成克氏

​木村氏はFarm to Me SUGAR FACTORYの内覧会に際し、大東製糖(株)がどのようにして新しい道を切り拓いて来たのかを説明してくれた。産業活力再生特別措置法の影響もあり、主要な製糖企業の再編統合が進み砂糖メーカーも寡占化が見られ、日本には8社しかない状況の中、木村氏が業界に入った2000年頃には、砂糖といえば上白糖やグラニュー糖、三温糖と中ザラ糖ぐらいしかなく「お砂糖は差別化出来ません」というのが通例であった。

差別化出来ず規模の経済性が働く大手が有利になると、小さなメーカーにできることがなくなってしまう、果たしてそうだろうか?と疑問を持った木村氏は、フランス国家最優秀職人(MOF)のイヴ・チュリエス氏を訪ねる。氏を訪ねた理由は、オーベルジュに併設されているシュガー・ミュージアムに打開のヒントがあるのではないかと期待したからだそうだ。実際に訪れてみると、木村氏が期待した砂糖をどう使い分けるかというものではなく、砂糖細工のミュージアムであり落胆したが、イヴ・チュリエス氏から「食文化の変遷の中で生き残っていかないといけない」という言葉をもらい、以来それを指針にしているそうだ。
 
周りを見渡してみると、黒砂糖は当時駄菓子にしか使われておらず、こうした含蜜糖を何とかパンやお菓子に使って貰えるようにしたいという想いから、2005年にベーカリーを大丸東京店の地下で始める。砂糖でパンを美味しくするということをモットーに様々な試行錯誤を経て、表彰される店舗にまで成長をさせてきた。
 
含蜜糖は白砂糖よりも保水性に優れているため、焼いた次の日の夜食べてもしっとりとしており、トレハロースを用いなくとも同様の効果が期待できる。また、メイラード反応効果が高いこともあり、焼きを強くしなくても綺麗な焼き色を出すことが可能になる。15年前には考えられなかったことが、今では当たり前のように含蜜糖をパン作りに用いられるようになった。
 
「素材メーカーだから使い方はお任せしますではなく、どう使われていくかを素材メーカーも考えていかなくてはいけない」と語る木村氏の様子から、寡占業界にあっても、新しい市場を切り拓くためのエフェクチュアルな試行錯誤が大切だということが理解できる。結果として、含蜜糖が駄菓子や和菓子など以外にも用いられるように「新たな市場」が切り拓かれたのだが、そこには食文化という視点を持ちつつ、含蜜糖をどのようにして活用をしていくかという考えがあった。
 
日頃食べるものであり、かつ、そこから製菓にもつながるパンというのは、当時からすれば大胆な選択だったかも知れない。しかし、含蜜糖がもつ機能性が分かり、そこからモチモチした食感の高保水パンなども生み出された。雑穀ブームも相俟って使われなかったものが使われるようになり、新しい価値を生みだすこととなった。差別化出来ずとも、新しい適応先を創ることで販売を拡大したと言える。
 

【流通を再検討する】
砂糖メーカーと聞けば、サトウキビを所有、購入して砂糖を製造しているイメージを持たれる方が多いと思う。しかし、世界中の砂糖メーカーは原料糖と呼ばれるサトウキビを加工したものから砂糖を生産している。木村氏には、消費者がイメージするようなサトウキビから直接つくるギャップを放置しておくことが良いことなのかという思いがあった。
 
そこで、8年前に種子島の砂糖工場を購入しサトウキビの栽培を開始、現在10ha栽培を行っている。実はこうした砂糖に関わる栽培は、国土保全という意味合いもある。外国産の原料糖には調整金が課せられ、それを国内の農家(サトウキビやサトウダイコン)と産地製糖工場の支援振興に当てている。大東製糖(株)では国策の外側で鹿児島県の種子島(中種子町)と立地協定を結び、鹿児島のため、種子島のために地域活性を含む取り組みを行っている。
 
後述するラム酒もその一環であり、ラム酒以外にもお酢の製造も手掛けている。お酢の販売をただ単に行っても最後発となってしまうため、ドレッシングやマヨネーズといった調味料を開発したり、それに合う野菜を栽培してもらうという広がりが生まれてくる。それを実践する場として生まれたのがFarm to Me SUGAR FACTORYというわけだ。木村氏が「単に顔が見えるだけではなく、一緒に生きていくというつもりで取り組んでいます」と語るように、新しく統合した価値を生んでいくプロセスと、それが消費者に届けられる場としてFarm to Me SUGAR FACTORYは機能している。

社会関係資本にも言えることだが、新しい人脈や繋がりができると、その人や企業を通じて新しい取り組みを行う機会が生まれる。消費者イメージとの乖離が始まりだとしても、実際に栽培を行うことで、鹿児島や種子島の方々とのネットワークが構築されてきた。新しい資産(サトウキビ)を活用し、お酢の販売や、それに纏わる農家との繋がりも生まれてくる。ラム酒の生産では、また新しい社会関係資本が蓄積され、どんどんとできることややりたいことが生まれてくる。わらしべ長者のようなこの好循環を上手く活かすのも市場開拓や地域活性では欠かせない。
 

【Farm to Me SUGAR FACTORY】
Farm to Me SUGAR FACTORYについても少し触れておきたい。元々大東製糖(株)が経営を行っていたベーカリー「カーラ・アウレリア」を一新、「アル・ケッチァーノ」奥田シェフ監修のメニューを提供するレストランも併設し、食の啓蒙拠点となることを目指している。中でも、上記で説明したように、含蜜糖を使用することで高保水性を実現した「高加水パン」はモチモチした食感が特徴で、砂糖メーカーならではのノウハウが詰め込まれている。
 


レストランのテーマは、パンと料理のマリアージュ。特徴的なスプレッドは様々なパンと楽しめるように工夫がなされており、頂いた中では期間限定の「長野県八ヶ岳産のルバーブのジャム」が印象的であった。イギリスではよくルバーブのフレーバーが用いられるが、日本ではまだ馴染みの薄い食材のように思える。5つのキーブレッド(バゲット、ブリオッシュ、カンパーニュ、ライブレッド、高価水パン)もそれぞれ素材の良さが上品に感じられる。
 
建築家の新居千秋氏が手掛けた建物にもこだわりを感じる。バイオフィリア(自然や生物同士の結びつきを求める生命愛)をテーマにしており、各所で植物や四季を感じるデザインになっている。正面は緑がFの字になっており、壁際も光の具合によってFの文字が浮かび上がる工夫がされている。
 
2階にはラボキッチンがあり、スタジオ機能を持つ個室も併設し、セミナーは情報の発信が行えるような工夫がされている。大東製糖(株)は財団法人「クローバー・スマイルズ・アクト」を通じて児童施設や生産団体などに寄付を行っている。スタジオも食育の場としても活用が可能になっている。
 


また、大東製糖(株)は種子島でラム酒の製造も開始している。ブランド名はポルトガル語の火縄銃を意味する「ARCABUZ(アーキバス)」、東京・銀座のラム酒バー「Bar Lamp」オーナー・バーテンダーである中山篤志氏や、小正醸造(株)も参画するプロジェクトだ。少し試飲をさせて頂いたのだが、2つポイントがある。1つは原料のフレッシュさがダイレクトに感じられる点、2つめは丁寧に丁寧に造られていることが伺える点だ。
 
特筆すべきは、アグリコールならではの草っぽさや煎茶や海苔に似たグリーンな香りがとてもクリーンでくどさを感じさせない点だ。ほんのりイ草に似た香りからも、濃すぎない上品かつ丁寧に新鮮なまま処理されたであろう様子が伺える。ホワイトラムではあるが、スピリッツの若さよりも濃厚さに近い目が詰まった印象があり、滑らかでスムースな口当たりがある。目の詰まった印象からか、花のようなニュアンスも少し粉っぽさを想わせる。酸のニュアンスも程よくあり、熟成してからの変化も楽しみである。
 
【エフェクチュエーションで考える】
冒頭では「Farm to Me」つまり、生産から消費という流通を通じたマーケティングの話に触れたが、もう一つ、新規事業として見た際にエフェクチュエーションの視点にも触れたい。エフェクチュエーションとは、熟達した起業家から導き出された意思決定の共通項をパッケージ化したようなものであるが、そこには5つの原則が挙げられている。
 
今回木村氏の話からは、その内「手の中の鳥」と「クレイジーキルト」の原則が見えるように思う。寡占化が進む業界の中で、自分たちが持っている砂糖、中でも得意とする含蜜糖を用いてベーカリーを始めたことや、サトウキビ栽培から生まれたネットワークを活用して新しいパートナーシップを紡ぎ出しているところがそれにあたる。
 
恐らく、読者の多くがエフェクチュエーションと対になる「コーゼーション」での考えを求められる環境下にあるのではないだろうか。つまり、過去のデータや環境分析からたてられた予測をもとにKPIが設定され、その計画遂行が重視される環境にあるのではないだろうか。エフェクチュエーションが注目される背景には、不確実性、特に予測ができないような不確実性に対して、コーゼーション一辺倒では思うような結果が出しにくい時代になっているというのがある。どちらが優れているというものではなく、両方の視点を持つ必要性が指摘されている。
 
今回、Farm to Me SUGAR FACTORYの事例を紹介したのは、テクニックとしてのマーケティングではなく、マーケティングとは何か、「生産」と「消費」を考えさせてくれる事例であったことに加え、エフェクチュアルな行動が見える事例でもあると感じたからだ。メーカーが、砂糖と言う自社商品をどのようにして捉え、活用し関係性を築いてきたのか。そして、生産から消費という流通の視点をメーカー持つことで生まれた店舗を今後どのように活用していくのか。「素材メーカーだから使い方はお任せしますではなく、どう使われていくかを素材メーカーも考えていかなくてはいけない」木村氏のこの言葉に集約されているように思われる。
 
清澄白河に立ち寄る機会があれば、是非、モチモチの高加水パンと隅田川の景色を見ながら、自身の企業におけるマーケティングやエフェクチュエーションについて思考を巡らせてほしい。

【大東製糖(株)の砂糖のかける想い】
「塩は多彩になっているのに、砂糖はずっと同じなのか」種子島を舞台に、大東製糖(株)の挑戦を描いた資料を頂いた。是非、FBに関わる方々には一度ご覧頂きたい。
ダウンロードはこちらから。

【店舗DATA】
所在地=東京都江東区常盤1-4-4/営業時間=ベーカリー/8:30~18:00(火曜・水曜休), レストラン/ランチ11:00~16:00、ディナー 18:00~21:00(火・水曜休)/URL=https://farm-to-me.com//フロア=1F:ベーカリー, 2F:ラボキッチン, 3F:レストラン, 屋上:庭園/経営= (株) ナピネス

 
【参考文献】
American Marketing Association, What Is Marketing? https://www.ama.org/the-definition-of-marketing-what-is-marketing/ (2023年9月12日アクセス)
上沼克徳(2014)「マーケティング定義の変遷が意味するところ」『商経論叢』49(2,3), 63–84
田中高(2017)「日本製糖業の直面するいくつかの課題について:糖価調整法の行方」『産業経済研究所紀要』第27号, pp.1–25
独立行政法人農畜産業振興機構, 調整金徴収業務(指定糖・異性化糖・輸入加糖調製品) https://www.alic.go.jp/operation/sugar/operation-collection.html (最終アクセス2023年9月25日)
S. サラスバシー(2015)『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』(加護野忠男監訳、高瀬進・吉田満梨訳), 碩学舎
吉田満梨, 中村龍太 (2023)『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』, ダイヤモンド社

担当:小川

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