●インタビュー
FBC では中長期の展望を持ち、根気よくデータを蓄積していくことが重要
ホテル辰巳屋株式会社
取締役総支配人 藤田徳三氏
〈Profile〉1983 年、㈱ホテルニューツカモト入社。89 年、㈱ロイヤルパークホテル。主にレストランと宴会の業務に従事。数店舗のレストランマネージャーを経て宴会部門管理職昇進後は主に外務大臣、衆議院議長、内閣総理大臣などの官公庁の要人用ゲストハウス施設のサービス責任者として社外でのVIP サービス業務の統括を担当。2006 年、神戸メリケンパークオリエンタルホテル婚礼宴会部長、購買部長、人事総務部長、総支配人室付など、ホテル運営全般の管理職を担当。13 年、ホテル辰巳屋株式会社入社。取締役総支配人に就任。
ホテル辰巳屋では2015 年の春先からFBC(Food and Beverage cost control)へ本格的に取り組み始めた。これにはF&B 部門に長年携わり、その業務事情に精通する藤田徳三総支配人の意向が大きい。ここではその藤田総支配人にFBC の必要性、効果、そして実践する上でのポイントを伺った。
FBC は収益改善・原価改善策
として手が付けやすい
藤田徳三総支配人が最初にFBC を意識したのは神戸市のホテルに勤務していた2006 年であった。F&B 管理職から購買管理職に異動した際に、収益改善・原価改善の指令を受けたのだ。
「F&B 部門において真っ先に手が付けやすいのは仕入れ先の見直しです。しかし地方都市では、例えば食材の調達業者が、宴会や会議などで施設を使用していただける重要な顧客でもあるケースが往々にしてあります。この場合、値段交渉や業者の入れ替え事案に踏み込めません。私の勤務していたホテルでもそれに近い傾向が見られました。仕入れ視点での改善には限界がある。では、ほかに何をもってして原価・収益改善が可能なのか、と考慮を重ねていった結果、FBC の構築にたどり着きました」
さらにその数年後、リーマンショックの際に同ホテルの人事部長を担当したときにも大きな気づきがあったという。
「そのホテルは大々的なリストラが必要な状況に陥りました。そして私が人事部長に就任し、その役割を担わなければなりませんでした。リストラというのは経費削減の最終手段です。経営側に立つ自分としては『これまで、ほかの改善策を積み上げられなかったのか』と自問自答しました。そして、レベニューマネジメント、経費のコントロールと併せてFBC の重要性を改めて認識しました。自分が今後、総支配人のポジションにつくことがあったら実践しようと心の中に温めました」
地域性・経済規模に応じて
カスタマイズ化する必要性
2013 年、ホテル辰巳屋の総支配人に就任すると、すぐに「棚卸の精度向上と日々の商品の原価計算書の厳密化」を徹底させた。そして総支配人自らによる倉庫チェックを日課とした。
「棚卸および原価計算書をしっかり把握することが原価管理の基盤です。これができているかどうかでPL が大きく変わるきっかけとなります」
また、福島市の経済規模を把握するために、経済白書にも目を通した。
「確認したことは、例えば福島市に酒屋は何店舗で肉屋は何店舗あるか、それぞれの地域の可処分所得の数字などでした。福島県の場合は牛肉の消費量が少なく、それを扱う肉屋の数も少ない。このデータは肉の卸における相見積もりができないだろうという判断につながります。購買業務やFBC 業務では、その地域の経済規模を把握して、そこに落とし込まないと成功しません。ですから望月さんのFBC 理論をベースにするなら、管理者はそれを自分のホテルの状況に合う形にカスタマイズした上で実践していく必要があります」
その次の段階として手を付けたのは「購買日報」の作成と、過去データの蓄積である「原価差異分析」「在庫回転率データ」の作成であった。
「購買日報では調達視点で日々のコンディション、毎日の仕入金額と売上金額を並べて把握します。原価差異分析はポテンシャルコストとその着地との差異を確認し乖離原因の仮説を導き出すためのものです。そこから要因を探り、解決を図ります。在庫回転率データからは不採算性の抽出を行ないます。各部門の回転率と使用材料別の回転率を出すことにより、それぞれが売上化されるまで何日経過するかを把握し、その要因を分析して売上化のスピードアップにつなげます。そして、以上の3要素がそろうことでトータルな原価改善へとなるわけです」
藤田総支配人はこの半年の手ごたえからホテル辰巳屋におけるFBC 成果をこう予測する。
「私の経験上による理論値ではフードコストで3~5ポイント、ビバレッジコストで2~3ポイントは改善されるはずです。またこの数字にあらわれない成果も二つほど出てきています。まずは料理長や管理職クラスに料理原価やビバレッジコストに統制を効かせていこうという意識が出てきていること。幹部社員にこういう気持ちが出てこないと、いくらデータがそろっても数値の向上につながりません。もう一つは、このデータの蓄積が予算計画を作る際の根拠になること。次のステップでは調達分野の改善とミックスして効いてくるはずです」
FBC ではその地域の経済規模を把握する必要がある(写真はホテル辰巳屋から見た福島市の夜景)
数字的結果を導くために
経営側が持つべき思考は
「理解」「忍耐」「継続」
藤田総支配人は、例えば東京にあるワールドワイドなホテルと地方のホテルでは、効果が出るタイミングと項目はまったく違うと見る。実践内容の組み立ても、そのホテルの規模・地域性などを考慮する必要があるという。
「私も、望月さんと同じく『F&B 収入が大きいホテルは専任の担当を置くべきだ』という考えです。しかし、当ホテルでは専任のFB コントローラーは作らず、購買の中にFBC の機能、エッセンスを盛り込みました。ホテルの規模を念頭に置いた人件費、収益管理の視点ではその方が現実的だったからです。中小規模のホテルにおいては、望月さんの体系化したものの中から実用的ないくつかの機能を今の組織に導入するのが有効だと思います。当ホテルはまさしく今、その取り組みをしています」
FBC を実践していく難しさについては、自らの体験を踏まえてこう語る。
「経営側はとにかく忍耐が必要です。始める準備としてまずは過去データの蓄積をしなければならないのですが、当ホテルでは、この作業だけで半年かかっています。そこから本当の領域であるFBC 業務を入れて結果が数字として見えるのが1 年後、つまりトータルで1 年半程度という時間が必要になります。最初から結果を求めることはかなり難しい。また、現場にこの作業の重要性を理解してもらうことも根気よくやっていかねばなりません」
また、経営側が大前提として認識しておかねばならないものは、「取り入れることで経営上、具体的にどのような効果が導き出せるのか」の理解だという。逆に実践するプログラムは、システムを構築できるスタッフやコンサルタントに任せることで対応すれば問題はない。
「分かりやすい例をあげるなら、パソコンの扱いでしょうか。私より上の世代の経営者の中には、パソコンを動かすのが苦手な方もいらっしゃる。でも、自分で表計算ソフトが操れなくとも、それを使って何ができるかは理解し、経営にどう取り込めるかは理解されて取り入れている。表そのものの作成は、できるスタッフが作ればいい。FBC への理解もそれと同じです」
また、成果を導き出すまでのポイントをこう語る。
「とにかく担当者が継続することを習慣化させることです。そして、中長期になるからといって絶対にやめないこと。現場にはひな形を渡して継続させるようにしていく。性質上、(つまりFBCの分野に精通している人材が少ないの意)経営側主導でやらねばならない案件となりますが、現場がやらされていると感じているようでは根付きません。理論ばかりで具体性がないと、現場は拒否反応を起こしてしまいます。今はこういう数字だから、これを向上させる対策を考えよう、というような形で提案し、担当者らにいかに面白みを感じてもらうかが肝心です」
FBC への理解は、パソコンを操作できない経営者が、パソコンを内部にどう導入するかを考えるのと同じ