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ブレンドの妙意とは:アイル・オブ・ラッセイ ブレンディングセッション

2024年03月04日(月)
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【少しテクニカルな話】
参加者の中からチャーとトーストの焼き具合についての質問があった。回答としては「(チンカピン・オークとコロンビアン・オークについては)どちらもできる範囲で最大の焼き加減」にしているとの回答があった。ご存じの方も多いかと思うが、この樽熟成の化学について少し触れてみたい。
 
樽熟成の化学を考えるには、①火入れによって樽自体に起こる変化と、②スピリッツを入れて熟成中に起こる変化に分けて考えると理解しやすい。
 
①の火入れによって樽自体に起こる変化を考えるには、まずは細胞壁への理解が必要になる。詳しくは述べないが、細胞壁(二次細胞壁)は多糖類(単糖が多くつながったもの)やリグニン(フェノールを有する芳香族が重合してできたもの)を構成要素とする。特にリグニンは木化(lignification)と呼ばれる細胞壁への沈着を行うことで、木が持つ硬さといった特性が付与されていく重要な役割を担う。
 
ここでポイントなのが、どちらもポリマー(重合体)であるということだ。裏と返すと、分解して細かくすることで性質が変わって行くということである。
 
チャーやトーストによって、木の細胞壁は壊されて上記のポリマーも分解されていく。その時に生まれるのが、キャラメルや甘さを感じさせるような化合物や、スパイス様の香り、バニラの香り(バニリン自体は樽材にも含まれるが火入れで増加)など多種多様な香りのもととなる化合物だ。中にはリチャーの時には生成されないようなものもあり、新樽特有のニュアンスに寄与するものもある。
 
従って、樽(木材)を用いる場合、樽材そのものに含まれるオークラクトンのような化合物と、火入れによって細胞壁が壊されて生み出される化合物という大きく2つの枠組みがあることになる。火の入れ具合は、こうした分解の度合いを調整するということでもある。
 
続いて、②のスピリッツを入れて熟成中に起こる変化について考えてみる。樽の中での化学的な相互作用を大まかにみると、(ⅰ)抽出、(ⅱ)吸着、(ⅲ)化学反応の3つに分類することができる。(蒸散といった現象などもあるが、ここではシンプルに上記の3つに注目する)
 
(ⅰ)の抽出を知るには、溶媒に溶けるとはどういった現象なのかを俯瞰する必要がある。蒸留したてのウイスキー原酒(スピリッツ)はアルコール度数が高い。アルコールは炭素鎖と水酸基から成り立つ化合物の総称で、俗にいう(飲料としての)アルコールは、エチルアルコールのことを指す。エチルアルコールとは、炭素鎖が2個のアルコールだ。この炭素鎖(アルキル部分)が長いと疎水性(水に溶けない性質)が出てくるが、エチルアルコールは炭素鎖が2個と短く、水にも溶ける。
 
アルコールのような水以外の液体(溶媒)の溶けやすさを考えるのに必要な概念が極性だ。極性とは分子内の電子の偏りのようなものであり、極性分子は極性溶媒に溶けやすく、逆に無極性溶媒とは相性が良くない。この特性を利用して、ある層から極性の似た化合物を取り出す方法を抽出と呼ぶ。水も極性が高い分子だが、炭素鎖を持たない。芳香族(ベンゼン環を含む化合物)や複素環(環状化合物の中で、炭素原子以外の原子が含まれるもの。例えば、ラクトン)になると、アルコールの方が溶けやすい場合もある(バニラの香りがするバニリンなどがその例)。
 
上記で説明した通り、火入れされた樽には、バニリンはもとより、オークラクトンや有機酸、フェノールなどの芳香族といった多種にわたる化合物が存在している。こうした化合物は極性であることが多く、従って、アルコールに溶けていく。これが「樽の成分が抽出される」ということだ。
 
次に(ⅱ)吸着について。想像がつかないかも知れないが、吸着は酒類でもよく用いられている手法だ。チャーして炭化した表面は、活性炭と同じ効果を発揮する。例えば、冷蔵庫のにおい除去にも活性炭を用いた商材があるが、同様に硫黄を含む化合物などニューポッドに望ましくない香りを吸着することが可能だ。また、リンカーンカウンティ・プロセスに代表されるように、味わいのメローネスにも寄与できる。
 
新樽を用いるということは、樽の種類にもよるが、香りと味わいの面で上記のような効果が期待できる。バーボンに特徴的な樽の香ばしさの秘密は、こうしたところにも隠されている。
 
最後の(ⅲ)化学反応だが、大まかに言えば酸化のようなものから、縮合や重合といった化合物間の反応まで様々ある。酸化というと、香りが失われてしまうようなイメージがあるが、望ましい場合もある。例えば、発酵や蒸溜中に生成される硫黄を含む化合物は酸化によって変化し、長い熟成の中で消失していくことが知られている。
 
その他の反応だと、エステル化が重要な役割を果たす。ウイスキーの表現でも用いられるエステルだが、アルコールとカルボン酸の脱水縮合反応で生み出される。従って、カルボン酸(有機酸)の種類や濃度が高いと多様な香りや強い香りを生みやすくなる。
 
少し余談になるが、こうした反応を促進する触媒(主に金属)の存在も製造工程では無視できない。スチルが銅製なのはよく知られているが、金属は少量でも大きな変化をもたらす場合がある。
 
例えば加水する際の水が分かりやすい。最終的にボトリングされる際に加水して度数調整を行うが、加水に用いる水は、基本的には脱ミネラル化したものが用いられる。理由は、金属は触媒として反応を促進したり、化合物と結びついて錯体を形成し、場合によっては沈殿やにごりを生じさせるからだ。従って、熟成中でも同じように考えることができ、金属(イオン)のあるなしは熟成にも影響を与える。
 
他にも、反応を促進させるためには分子同士の衝突が必要になるが、その衝突の際のエネルギーが十分ないと反応は進まない。そうしたエネルギーや分子運動に寄与するような光や温度、振動というのが熟成にも影響を及ぼすのは想像に難くないだろう。加えて、ウイスキーの場合は蒸散もあるため、熟成環境の乾燥度や標高といったことも影響を与える。
 
実は、上記のような内容を踏まえた説明をサラっとデイ氏が行っていたのだが、少々マニアックな話だったので、補足をしたいと思った次第だ。
 
ウイスキーもだが、様々な素材を原料として用いる今日、化学的な視点も少なからず必要になってくる。バーテンダーであれば、例えば天然物化学(特に二次代謝経路)への理解が必要になるだろうし、ソムリエも植物生理学を理解するのとしないのとでは、ブドウ畑に対する見地も変わってくるだろう。幸い、様々な学習マテリアルがインターネット上に存在するし、海外の講義や学会も参加が可能な時代だ。サーチの幅だけでなく、現象をより根源的な視点から見る専門性の探求も今後差別化の時代には重要になるだろう。
 
 
【参考文献】
テイツ/ザイガー植物生理学・発生学
Russell, I., Stewart, G. and Kellershohn, J. ed (2021). Whisky and Other Spirits: Technology, Production and Marketing, Academic Press

担当:小川

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