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2022年11月25日号 トップインタビュー オテル・ドゥ・ミクニ オーナーシェフ 三國清三 氏

2022年11月25日号 トップインタビュー オテル・ドゥ・ミクニ オーナーシェフ 三國清三 氏

【週刊ホテルレストラン2022年11月25日号】
2022年11月24日(木)
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----今年の12 月28日のランチをもって、四ツ谷の地に建つ今のこの建物での営業を終了なさるとのことです。

そうです。店をオープンしたのが1985 年、30 歳の時。そこから37 年間経ったわけですが、まさにあっという間でしたね。

----その37 年間の軌跡についてお聞きしたいと思います。まずはオープンしてからお店が軌道にのるまでについて教えてください。

店をオープンした85 年というのは、ふり返ってみると非常に恵まれたタイミングだったと思います。翌年の86 年に「一億総グルメ時代」とバブルがやってきたのですから。

オープン直後は、不安に思うこともあったんです。というのも、この店は大きな通りから入った住宅街の一角にあり、駅から歩くのにも時間がかかる。
 
駐車場もない。夜になると周りは真っ暗なので、店にたどり着く前に不安で駅に引き返し、そのまま帰ってしまう方もいらしたくらい(笑)。「こんな場所に店を開くなんて気は確かか?」なんて言われました。実際、オープンは3 月でしたが、数カ月はお客さまは本当に少なかったですね。「これは借金地獄かもしれない……」と思ったのを覚えています。

しかしその年の秋、「タイム21」という1 時間あるテレビのドキュメンタリー番組が私を特集してくれたことで、風向きが変わりました。この番組、視聴率が18.6%にもなったそうです。初めて料理人を単独で扱ったドキュメンタリーでして、おかげで、私という人間に興味を持ってくれる方も増えました。結果、店の知名度や注目度も上がったのです。
 
----そして翌年からは一億総グルメ時代とバブル。我々も一気にグワーッと昇りましたね。まさに、社会の活況と共に、三國シェフも時代の寵児になったわけですね。
 
寵児かどうかはわからないけれど、時代に後押しされたのは確かです。
あと、テレビのドキュメンタリーでは厨房で私が怒鳴っているところがそのまま映されまして、それ以来私はヒール役のイメージがつきました(笑)。でもそのキャラクターが当たるわけです。いろいろなメディアから取材のオファーがあり、雑誌では専門誌からファッション誌
まで、たくさん特集を組んでくれました。

そんな状況だったので、30 席ほどでやっていましたが、オープン半年で予約の取れなくなるほどの繁盛店に。借金は2 〜3 年で返済しました。

----最初お店は一軒家でなさっていましたが、隣家も買い足して大改装し、一気に面積を広げました。それは何年頃でしたか。

91 〜92 年の頃です。でもこの年、バブル崩壊の年でもあったんですよ(笑)。

----不景気の中で、店を広げる選択をしたのですか?

結果的にそうなりました。バブルが弾けて、レストランはバタバタと閉店していく。大変な時代でした。うちの店も閉めようか縮小しようかという瀬戸際にありましたが、そんな時に隣の家が空き、面積を3 倍にできることになった。それで、「まあ、なんとかなる。買おう! ど
うせ倒れるなら3 倍にしてしまおう!」と(笑)。一種の開き直りですよね。

ただし、これがいい方向に転んだのです。お客さまたちが、「この不景気に店を3 倍にした。支援しなくては」と、来てくださった。それで見事満席に。改装後の店は全部で80 席あり、実際に満席になるのが50 〜60 人という規模なのですが、その後もコンスタントに席は埋まり、店を良好な経営状態で続けることができました。

 

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