宿泊産業の競争が激化し、ゲストのニーズが多様化しているいま、ホテルのマーケティングに求められている戦略は、とんがりをつくることである。とんがりで差別化し、そのとんがりに関心のあるゲストが集まる。本連載では、そんなコンセプトが際立ったホテルや宿泊施設を厳選して紹介し、それを支える秘訣を紐解いていく。担当するのは、立教大学観光学部で宿泊ビジネスを学ぶ学生たち。開業前の「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田」を訪問し、佐藤智博総支配人と執行役員営業企画部の植杉かおりディレクターに話を聞いた。
取材・執筆/立教大学観光学部 長谷川未怜・齋藤ゆきの 監修/宿屋大学 代表 近藤寛和
●まず初めに、佐藤総支配人のご経歴を教えてください。
2002年に日本からの出向でサイパンのゴルフ場でアシスタントマネージャーとして勤務した後、「ハイアットリージェンシーサイパン」「ハイアットリージェンシー箱根リゾート&スパ」にてホテルのマネジメント経験を積みました。その後、宮城県・蔵王町にあるスモールラグジュアリーホテル「竹泉荘Mt.Zao Onsen Resort & Spa」の開業にフロントオフィスマネージャーとして携わり、時を経て副総支配人としてホテル運営全般を統括しました。以降、群馬県北軽井沢や北海道函館のホテルプロジェクトに携わり、沖縄県石垣島の「アートホテル石垣島」の総支配人を経て、2019年に株式会社ひらまつに入社して「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田」の開業プロジェクトに参加、総支配人を拝命し今に至っています。
●多用なご経験ですね。その経験で今回の「ひらまつ」で活かされていることは何でしょうか。
今まで同じホテル業界でも大型や小規模、外資系や国内企業、シティホテルや国内外のリゾートホテル、また高価格帯の飲食業など幅広く経験させていただきました。このホテルでは、今までのひらまつが培ってきたレストランやスモールラグジュアリーホテルの経験と、新しく加わったホテル業界のスペシャリストの知見を融合して、新しいスタイルである「グラン・オーベルジュ」を創り上げようとしておりますので、今までの多様なマネジメントの経験が活かせているのではないかと思っています。これから新入社員も入社してきますが、皆で力を合わせて進化していきたいですね。
さまざまなスペシャリストで構成するチームがゲストファーストで働くには
●佐藤総支配人が仕事をするにあたって心がけていることは。
コミュニケーションによるチーム作りです。大事なのは「お客さまにしっかりとフォーカスを当てて、ご滞在をトータルでご満足していただく」ということです。お客さまの情報を共有し、もし不手際があった場合もチームでリカバリーする。そのためには、スタッフ間の横の繋がりを大事にし、お客さまにフォーカスを当て続けられるように皆が連携する必要があります。チームが力を発揮するためにはリーダーである自分がどう行動するべきか、組織をしっかりと運営するにはどうするべきかを常に考えています。ひらまつの企業文化で育ったスタッフに、私を含めて外部から加わった者たちが一つになってチームを創るには、皆がひらまつの考え方を理解することと、新しい意見も柔軟に取り入れていくことが大切です。そのために、コミュニケーションを怠らないように心がけています。
●次に、仕事をする上で一番やりがいを感じる時はどんな時でしょうか。
やりがいを感じるときはたくさんありますね。サービスマンとしては月並みですが、やはりお客さまの笑顔を見たときでしょうか。お見送りの際にお客さまから笑顔でご満足いただけたというお言葉をいただくと、達成感を覚えます。また、リピーターになって、お客さまが再利用してくださったときなども、とても嬉しいですね。マネジメントという立場としては、チームの新人からベテランまでのスタッフが「笑顔で仕事をしている」と感じられるときは、とてもやりがいを感じます。
●スタッフが笑顔で仕事ができる環境や、仲が良いチームづくりのためには、やはりコミュニケーションが最も大事ということでしょうか。
そうですね。もともとひらまつには、「皆で一緒になって一つのものをつくりあげる」という文化、家族的な雰囲気があります。今回、外部から人を集めるにあたっても、「この文化に合うか」を大切にしました。ワンチームで働くことになりますから、お互いに助け合う企業文化を理解した人だけに来ていただいています。私自身も料理長や支配人だけでなく、できるだけ多くのスタッフとコミュニケーションを取ることを心掛けています。また、スタッフ同士がお互いにコミュニケーションを取るように促すことも大事ですね。やはり、愚直にそれを言い続け、促し続けることだと思います。今はまだ発展途上ですが、日々お客さまに向き合いながら、皆で良いチームを作り上げていきたいですね。
ホテル開発と料理は一緒
●植杉ディレクターに質問です。なぜ今回、「御代田」の地に「ひらまつ」の開業を決めたのでしょうか。また、ホテル開発をする上で、良い土地が先にあったのか、それとも実現したいホテルのコンセプトが先にあり、それにぴったりの土地を探したのか、どちらが先だったのでしょうか。
御代田は約一万年前、縄文時代から人が生活していた歴史があります。今で言うジビエ料理を行ない、火で食事を作って暮らしてきた背景があります。そのような土地の記憶と現代とのマリアージュが、「ひらまつ」のコンセプトに通ずるものがあると思っています。私はホテル開業は料理と一緒だと思っています。土地を食材、開発技術を調理技術と例えると、御代田という極上の食材があった。それをどう調理するか、何をどう活かせるかを考えことが開発担当メンバーの技術です。極上の土地という食材を、最良のレシピであるコンセプトによって最も魅力ある料理(ホテル)にチームの力で仕上げられたと考えています。
また、この御代田の地のような南斜面にある、森が広がる広大な土地というのは、なかなか確保が難しいんです。それに、縄文時代から人が住んでいたため、安心の保証があると考えました。それは湧き水や川が綺麗だったことも理由だと思います。
●最後に佐藤総支配人にお聞きします。御代田の町にとって「ひまらつ」がどのような存在でありたいか、今後どのような貢献をしていきたいかをお聞かせください。
今回のホテルプロジェクトは、御代田町長はじめ、町の皆様に多くのサポートをいただき、またご期待もいただいています。特にリゾートホテルは地域とのつながりを深く持ち、町の人に愛され、町の誇りになれるかが重要です。ここ御代田エリアでは、まだ知られていない良い食材・自然・文化・歴史・人といった宝物がたくさん眠っています。それらを私たちはホテルでのお食事やアクティビティ、アメニティなどで伝えていきたいと考えています。例えば今回宿泊されたヴィラの鍵についている革のキーホルダーも、ホテルの近くに工房があり皇室の方もハンドバッグを愛用している濱野皮革工藝さんに作っていただきました。地域の良いもの・素晴らしいものをお客さまにお伝えすることで、お客さまと生産者の方々どちらにも喜んでもらえるウィンウィンな関係になって、町に貢献していきたいですね。