宿泊産業の競争が激化し、ゲストのニーズが多様化しているいま、ホテルのマーケティングに求められている戦略は、とんがりをつくることである。とんがりで差別化し、そのとんがりに関心のあるゲストが集まる。本連載では、そんなコンセプトが際立ったホテルや宿泊施設を厳選して紹介する。担当するのは、立教大学観光学部で宿泊ビジネスを学ぶ学生たち。学生たちが自ら選び、取材・執筆する。 第十七回は、大阪市のど真ん中に位置しながら自然を感じさせる「Hotel Noum Osaka」。Backpackers'Japanでこれまでホステルを経営・運営してきた宮嶌智子氏が初めてプロデュースしたホテルである。
取材・執筆/立教大学観光学部 友永 優紀・田中 咲弥 監修/宿屋大学 代表 近藤寛和
●どのような経緯でHotel Noum OSAKA(以下、Noum)を始めようと思ったのですか。
もともと私は2010年に創業したBackpackers' Japanという会社で、ホステルタイプの宿業をやってきました。数年前、創業メンバーが30代になるタイミングで、「そろそろ自立していく時期が来たのではないか」という話が出て、何か新しいことをやろうと考えるようになりました。ちょうど私自身が年齢を重ねたこともあり、一旅行者として「ちょっとドミトリーはきついな。ちゃんと個室で寝たいな」という気持ちの変化を感じており、ホテルをやりたいと思うようになりました。
Backpackers' Japanでも自分たちが信じている理念を表現していくことを元に展開してきたので、その延長線上で「自分たちが今、泊まりたいホテルをつくる」という欲求はごくごく自然だったのかなと思います。
●大阪のこの場所でホテルをやろうと決めた理由は。
実は、物件探しにあたっては、大阪指定とか、川沿い限定とかは、特に意識していなかったです。それよりも、外国人旅行者を主要なターゲットにしていたので、空港や駅からのアクセスを重視していました。ただ、物件を決める前に「都市に野を生む」というコンセプトは決めていたので、都市というこだわりはありました。「30代の私たちが泊まりたいホテル」を考えたとき、従前のビジネスホテルだと満足できない。では、どんなホテルなら満足できるのかという因数分解を始めたタイミングで、やりたかったコンセプトにぴったりな物件がたまたま見つかったんです。
●田舎じゃなくて都会にこだわったのはどうしてですか。
私自身が都市に仕事が多かったのもありますし、「地方にリゾートを創る」仕事は、きっとほかの人でもができちゃうことだと思ったんです。リゾートじゃないけれど「都市の中でくつろげる空間」をつくること自体は、おそらく今までそんなになかったコンセプトだと思うし、それを私たちの世代の感覚でやってみたいと思いました。
モノがないことで生まれる優雅な時間
●Noumのコンセプトを構成している要素は何ですか。
いろんな要素があると思ってるのですが、客室に関して言えば、「大きな窓をとって光がたくさん入る部屋」。「できるだけ電化製品を置かない」という二つです。「とりあえずテレビつける」みたいな日常の行為はあえてしないホテルでいいのではと思っていて、「本を読む」とか「ただただ景色を眺める」といった、いつもと違う時間の使い方をするきっかけになればいいなと思います。
「都市に野を生む」自体は、くつろぐ時間やリラックスする時間をつくりたいという思いがあって、それって「モノがないことで生まれる」こともあると思っているので、内装もすごくシンプルに作ってます。あとは、朝食の在り方や、スタッフの接客、植物をたくさん設置したことなども、すべてコンセプトを具現化する要素です。
●オペレーションの考え方は、Backpackers' Japanと同じですか。
ベースとなる考え方は同じです。ホテルだからへりくだったサービスをすべきとか、制服を着なければならないとか、それ自体が固定観念でしかありません。どういったホテルにしたいかというコンセプトや大切にしたい価値基準によってそれぞれ判断していくべきものだと思っています。接客の在り方も、スタッフとゲストがフラットな関係でいられるような雰囲気にしています。海外に行った時の経験から、そういうのもありなんだと知っていました。スタッフとゲストの間に境界線を引くのではなく、「悩みごとがあったら隣に座って一緒に考える」というような接客の方が私は好きです。
ただ、30代以上をターゲットとした時に、「ホテルで新たな出会いを求めたい」「ほかの宿泊者とコミュニケーションして情報を得たい」というニーズよりは、「一人でゆっくり休みたい、仕事についてじっくり考えたい、しっかり食事をとりたい」というニーズが大きいと思いましたので、ゲスト同士のコミュニティを作るというようなことは特にしていません。そこがBackpackers' Japanのホステルとの違いかもしれないですね。
●コロナの影響でインバウンドが減少してしまったと思うのですが、新たに取り組み始めたことはありますか。
新たな取り組みはさまざまあります。コロナ前は外国人ゲストの比率が高かったのですが、今ではほとんどが日本人ゲストになりましたので、求められるものも変わりました。売れるプランやチャネルも変わりました。一つの事例として、日本人ゲストは外国人ゲストに比べて宿泊日数が少ない傾向があるのですが、特典付きの連泊限定プランを新たに販売し、宿泊日数を伸ばす取り組みを実施しています。
●ホテルのなかで定期的にイベントを開催され始めたきっかけは何ですか。
Noumを知ってもらうきっかけ作りのためにイベントを開催しています。ホテルのラウンジは、入りづらいイメージがあると思いますし、実際「入りづらい」と言われます。「泊まりもしないのに、入っていいのだろうか」、「ちょっとおしゃれすぎて…」と、思われているんですね。Noumは、さまざまな方に利用してもらいたい場所ですし、街にとって開かれた場所であってほしいと思っています。まずは来てもらう、その上でもう一度来たいか判断していただく、という意味でイベントはすごく大事だと思います。
チェックアウトしていくゲストの和やかな顔を見るのが好き
●宿泊業の面白いところ、好きなところは何ですか。
私自身が接客をしていたときは、いろんなゲストが来るのが楽しかったです。そのころはゲストのほとんどが外国人でしたので、「日本を知らない、旅するのにちょっと不安がある」というゲストをサポートしていました。チェックインしたときとチェックアウトしたときで表情が変わるんです。宿のスタッフと仲良くなって、海外にいるのに自分をちゃんと認識してくれる人がいて、帰ってきて「おかえり」「今日どうだった?」みたいな会話ができることって、すごく安心できると思うんです。そんなゲストの和やかな顔を見るのが好きでしたね。
以前、アラスカを旅したことがありました。日本人がいなくて、旅行者すら少ない場所でした。旅行していた2週間、ほとんど人と喋らない生活を続け、その後日本に帰った際、改めて「人と会うこと、話すことのありがたみや楽しさ」を感じたのです。そんな旅行者の経験をしたことで接客の大切さや、話しかける大切さを実感しました。
●企業ミッション、世の中につくっていきたい価値はありますか。
「人がその人らしく、人間らしく、のびやかに生きられるきっかけ」をつくっていきたいなと思っています。それをホテルやカフェを通して世の中に提供していけたら嬉しく思います。
リバービューキング(22㎡~)。客室からは大川の流れと緑豊かな公園を見下ろせる