宿泊産業の競争が激化し、ゲストのニーズが多様化しているいま、ホテルのマーケティングに求められている戦略は、とんがりをつくることである。とんがりで差別化し、そのとんがりに関心のあるゲストが集まる。本連載では、そんなコンセプトが際立ったホテルや宿泊施設を厳選して紹介し、それを支える秘訣を紐解いていく。担当するのは、立教大学観光学部で宿泊ビジネスを学ぶ学生たち。
第十六回は、石川県金沢市の「雨庵 金沢」。金沢の雨を魅力に変えたコンセプトが実に効いたホテルである。取材した2020年10月は、近隣の競合ホテルがコロナ禍において稼働も単価も落としているにもかかわらず、「雨庵 金沢」だけは好調であった。大きなポイントは、やはりこの明確なコンセプトで選ばれているということ。まさに本連載企画の意図通りであるが、同ホテルのホテルオペレーションマネージャーである中岡真季子さんに話を伺った。
取材・執筆/立教大学観光学部 細見すず・宗田彩花 監修/宿屋大学 代表 近藤寛和
●まずは、中岡マネージャーの経歴についてお聞かせください。
ホテルオペレーションマネージャーの中岡真季子氏
ホテル業界に入って今年で12年目になります。最初は舞浜のホテルで働いていました。30歳を過ぎたころ、親が病気だったこともあり、家の近くで働きたいと思い、ソラーレ ホテルズ アンド リゾーツ(以下、ソラーレ)の宿泊主体型ホテルの夜勤アルバイトに応募したのがソラーレとの出会いでした。
そこから3年後、正社員になるオファーをいただいたのですが、その頃はホテル業界で長く働くつもりはなかったので、ずっとお断りをしていました。しかし、ほかのグループホテルのサポートを頼まれることが多く、いろいろなホテルで働くなかで、都内にあるホテルのリブランドに携わることになりました。
その後、同ホテルのマネージャーとして約4年間勤務した後、本社へ異動となり、当初アルバイトとして勤務していたホテルブランドの一部を統括する立場として約2年勤務いたしました。その後雨庵 金沢の責任者としての配属が決まりました。
●さまざまな環境の中でお仕事されてきた中岡さんが働く上で大切にしていることはありますか。
ホテルは私一人では運営できないので、チームとしてみんなと同じ目線に立って、スタッフが何を感じているのかを考え、かつ、自分も初心を忘れないようにと思っています。そして、常に感謝の気持ちを持つようにしています。本当にありきたりなのですが、心からそう思っています。
ただし、お客さまに関わることについては、厳しいことを言わなければいけない時もあります。スタッフへ注意をするときは端的に、なるべくモチベーションを損ねないよう言葉を選んで伝え、褒めるときはとことん褒めるように心がけています。私は今までさまざまな職場で働いてきたので、職場環境の重要性は身をもって感じています。仕事は辛いことも多いので、せめて職場環境で過度のストレスがたまらないように、スタッフに対して思うことがあるときはすべてその場で直接伝えるようにしています。「自分がされて嫌なことは人もしない」という忘れがちなことを、つねに意識して業務にあたっています。
「金沢の雨は、嫌な雨じゃない」
●雨がコンセプトの雨庵 金沢ですが、訪れるお客さまは雨を望んでいるのでしょうか、それとも雨が降っても楽しめるということなのでしょうか。
これは私もお客さまと共感したことなのですが、普通、雨天というと「びちゃびちゃ」といったネガティブなイメージを持ちがちですが、金沢の雨はそんな「嫌な雨」ではないと感じています。ある時、50代のご夫婦が泊まりに来られ、2泊3日ずっと雨だったのですが、奥様が「金沢の雨は嫌じゃない」とおっしゃったのです。その言葉を聞いた時、共感してくれる方がいてとても嬉しかったのを憶えています。多くのお客さまは晴れることを望んでいらっしゃると思いますが、雨庵 金沢では雨の日はラウンジ「ハレの間」がお客さまで賑わいます。ラウンジ内で提供している各種サービスの利用がぐっと伸びるので、それぞれがホテル内で金沢の雨の時間を楽しみながら、充実した時間を過ごしていただいているようです。
●金沢で競合ホテルがたくさんいる中で、稼働率もADRもずば抜けて良い理由は、やはり唯一無二のコンセプトゆえだとお感じでしょうか。
そうですね、雨の多いこの地域でその雨を愉しむことをコンセプトにしているところは私も強みだと思っています。ほかのホテルの支配人の方とお話をするときもよく金沢の雨を旅の魅力に変えるコンセプトとは「一本取られた」と言ってくださります。
また、雨庵 金沢ではかしこまりすぎた接客をしないようにと考えています。雨庵 金沢はかしこまった旅館ではなく、よりアットホームな雰囲気のホテルなので、お客さま一人ひとりに向けた接客も重視しています。新人のスタッフは、こうしたアットホームな接客スタイルに慣れていないため、難しいところもあるようですが、私たち先輩の背中を見て学んでいってほしいと思っています。
一人ひとりに合わせたアプローチが、「ホッとできる」空間づくりにつながる
●具体的にお客さまに対してどのようにアプローチをするのですか。
とにかくお客さまへ良くお声がけをしています。私は人間観察がとても好きで、例えばおそろいのお洋服を着ているお客さまがいたら、「おそろいのお洋服素敵ですね」と話しかけたりします。その時に、お客さまがちょっと笑ってくださるのを見たり、会話を通して見えるお客さま一人ひとりの表情を意識しています。その場を繕うだけの気持ちのない会話をしてもお客さまには透けて見えてしまう。どのようにアピールすればお客さまに響くか、ホッとしていただけるかということを考えています。
●接客に力を入れてらっしゃいますが、採用するときの一番のポイントは何ですか。
その方の持っている雰囲気ですかね。皆さん緊張して来られるのですが、挨拶した時のその笑顔や表情から伝わってくるインスピレーションを大事にしています。
●最後に今後の展望を教えてください。
ソラーレが展開するブランドの中でも、雨庵 金沢は、コンセプトが明確でとんがりポイントが強いホテルなので、今後もそのとんがりをサービスや接客の面でも継続していくことを周りの方々からは期待されていますし、そうしていきたいと思っています。また、ソラーレでは新たなブランド開発がこれからも続いていくので、私達が雨庵 金沢で得た経験を今後のブランド戦略に活かしていければと思っています。