宿泊産業の競争が激化し、ゲストのニーズが多様化しているいま、ホテルのマーケティングに求められている戦略は、とんがりをつくることである。とんがりで差別化し、そのとんがりに関心のあるゲストが集まる。本連載では、そんなコンセプトが際立ったホテルや宿泊施設を厳選して紹介し、それを支える秘訣を紐解いていく。担当するのは、立教大学観光学部で宿泊ビジネスを学ぶ学生たち。学生のピュアな目に、日本のホテルはどう映り、どう表現されるのか。
取材・執筆/立教大学観光学部 林裕彌・武井健人 監修/宿屋大学 代表 近藤寛和
できない理由ではなく「どうやったらできるか」を考える風土
●原さんがキーフォレストで働く中で一番喜びを感じる瞬間は何ですか。まずは、ここからお聞かせください。
これは月並みの返答になってしまうんですけれども、お客さまから「満足できた」「楽しかった」「また来ます」といった感想をいただく瞬間でしょうか。我々は6部屋しかなく、価格帯もそれほど安くはないホテルですので、物すごくこだわりをもったお客さまもいらっしゃいます。ホテルとしてはさまざまな要望にできる限りおこたえし、できない場合でも、お客さまの希望にそえる代替案を提示することを心がけています。
お客さまのリクエストに全力でおこたえしようと、ときには探し出すことが困難なものを懸命に探したり、どこかに物を買いに行ったり、終日送迎をしたりもします。その後、「こんなご対応で良かったのだろうか? 満足いただけただろうか?」と、みんなで不安に思っているとき、最終的に「物すごく良かった」と高評価を受け取ったときは、もうすべてがチャラになる思いですね。
弊社は、しっかりと整備されたマニュアルが存在しません。その都度、臨機応変に対応することが多い。例えば、「温泉にどうしても延長して入りたい」「(通常は行っていない)テラスで食事をしたい」といった要望があったときに、では、「どうやったらできるだろうか」ということを、みんなで考えて対応しています。できない理由を先に考えないということです。
やりがいの話で言えば、弊社は6部屋しかないので、各お部屋のお客さまの性格やご希望をスタッフ全員が覚えておくことができます。100室あるホテルですと、寄り添うということがなかなか難しいでしょうが、うちの場合はそれができる。それがやり甲斐になっていますし、自分たちの成長に繋がっていると感じています。
●ここで働くスタッフに共通している点はどのようなものですか。
ひげ・タトゥー・金髪NGなどはよくありますが、うちはそういうルールはないです。弊社のオーナー(シミックホールディングス株式会社会長兼社長の中村和男氏)がよく掲げている「ダイバーシティ」が関係しています。LGBTQや国籍など不問、さまざまなスタッフやお客さまが集まる空間になっています。
自分の強みを生かして誰かの弱みをカバーする風土
例えばです。声が小さく、自分から話しかけることが苦手だけれど、お客さまが必要としていることに敏感なスタッフがいたとします。そんなスタッフにも、もし「自分から話しかけることが苦手」という部分を誰かが上手くカバーしてあげることができたらうちのスタッフとして十分パフォーマンスを発揮できるのです。個性的なスタッフたちが自分の強みを生かして誰かの弱みをカバーするという風土が必要ですが、“お互いに寄り添う”という気持ちが重要だと感じます。ですので、お客さまがどういう表情をしているかといったところを注意深くいれるスタッフが多く集まるかもしれないですね。
オーナーは、さまざまな人の意見を純粋に聞いてくれる人ですし、かつ多様性を尊重します。仲間にはLGBTQのスタッフも多くいますし、そのことを公表して働いてもいます。事前に自分のセクシュアリティを知られているのと知られていないのでは、働きやすさにおいて天と地ほどの差があります。自分をさらけ出したうえでお客さまに接することができるからです。少しでも隠していると、大きくても小さくても嘘になってしまいます。「この話を広げたいけど、広げると嘘になってしまうから言えない」といったことがないです。ですので、お客さまに自分のセクシュアリティを前向きに伝えて話が盛り上がることもあります。“さらけ出す”“自分を取り戻す”といったテーマを持ったホテルなので、まずは自分たちが嘘偽りなくいることは非常に重要かなと思います。
“何もしない”という過ごし方
●“素の自分をさらけ出せる”“自分を取り戻せる”というコンセプトは素晴らしいですね。
このコンセプトに一番リンクしているポイントは、「“自然”と“アート”が両立している空間」ということだと思います。人類が最初にコミュニケーション・ツールとして使っていたのが“絵”だったんですね。それはつまりアートです。“絵”や“アート”は本来人類が持っている感覚に訴えかける力があるとオーナーは信じています。
ホテルとしては、アートや、手つかずの自然に囲まれながら“何もしない”という過ごし方を推奨していますし、結果、なにもせず、お部屋にこもってずっとお過ごしされるお客さまが多くリピーターになっていただいています。アートと自然に囲まれながら、何もせず自分を見つめなおすことによって自分を取り戻してほしいという思いがオーナーにはあります。「忘れていたけど、自分って小さいときに思っていたこんな感覚を持っていたんだ」と思い出したり、まったく知らないアートに触れることによって凝り固まっていた考え方がほぐれたりすることもあります。また、縄文時代の原始的なエネルギーや自然のエネルギーによって元気になって帰ってほしいという思いが込められています。
スモールホテルだからこそできる「一人ひとりに寄り添う接客」
●最後に、キーフォレストの強みを教えてください。
まず、現在のコロナ禍においては、ほかのお客さまとすれ違うことがほとんどなくリラックスできるという点です。朝食や夕食もご希望があればルームサービスでお部屋でお召し上がりいただくことができます。つまり、感染リスクを極限まで減らせるのです。チェックイン以降、すべてがお部屋で完結できるようなホテルになっていますので、「束の間の休息を楽しめました」と言って帰っていくお客さまが多いです。この6部屋しかないスモールホテルということ自体が強みにもなっています。
また感染禍を踏まえないで考えると、「一人ひとりに寄り添える」ということです。キーフォレストは多様性のある接客・サービスが可能で、プライベートを重視する人はそれを尊重しますし、コミュニケーションがとりたいお客さまにはスタッフが一日付きっきりで一緒にお話ししたり送迎することなども可能です。ほかのホテルでは、やりたくてもできないサービスが、キーフォレストでは可能なのです。