「リゾート系ライフスタイルホテル」というコンセプトを掲げ、2020年3月、神奈川県葉山にグランドオープンした「葉山うみのホテル」。以前、ビール飲料メーカーの研修施設だった建物を買い取り、日常と非日常を併せ持ったリゾート系ライフスタイルホテルへとリノベーション。海と山の自然に囲まれ、地元ローカルの愛が溢れたこの葉山の地での過ごし方は人それぞれ。それぞれにとって居心地の良い空間を作り上げる「葉山うみのホテル」。そんな魅力について伺った。
取材・執筆/立教大学観光学部 張ヶ谷龍也・松之内史哉 監修/宿屋大学 代表 近藤寛和
●まずは、コンセプトにある「リゾート系ライフスタイルホテル」にはどのような思いが込められているのでしょうか?
鎌塚俊明支配人
リゾート系ライフスタイルホテルとは、非日常を感じるリゾートホテルと日常を体現するライフスタイルホテルを掛け合わせたものになります。私たちはそれぞれのお客さまに合わせたホテルの過ごし方を提供したいと考えています。都心にはない自然を感じられるライフスタイルホテルを意識しています。そのためにポイントとしているのが、“Art & Beer”、“to see to sea うみにあいにいく”、そして“葉山の街と自然の魅力”という3要素です。その日常と非日常が表されているのは、さまざまな客層であったり、価格帯の幅が広い客室タイプ、そしてお客さまの用途などです。カップルで記念日を祝ったり、学生グループが和室に泊まって卒業旅行を楽しんだりと、いろんなシチュエーションで使えるのが魅力の一つです。
また、地元の方たちが毎日来たい、首都圏で生活する方たちが週に一回訪れたい、そんな場所でありたいと考えています。ターゲット層によって、うみのホテルの居心地の感じ方や、利用目的がさまざまですので、それに合わせた空間づくりをしていきたいと思っています。
お客さまそれぞれが感じる“うみ”が、一人一人のサードプレイス
●ホテル名からもコンセプトが伝わってくるのですが、この「うみのホテル」という名前の由来をお聞かせください。
当初は“海のホテル”というように、漢字表記も考えていたのですが、平仮名の“うみ”にすることで漢字の“海”にはない想像力を駆り立てることができます。お客さまそれぞれが感じる“うみ”こそが私たちの提供する一人一人のサードプレイスになればいいなと思っています。また、“うみ”を漢字から平仮名にしたことで、柔らかみや親しみやすさが現れると思います。これによって、地元、葉山とのつながりを大切にしているという意味合いも込めることができます。うみのホテルが掲げている「ローカル」という考えのもと、葉山と親しむためにもこのネーミングの柔らかさが重要になってきます。取り組みとしては、地元住民に対する温泉利用の開放、葉山の海のゴミ拾い、近隣の飲食店と連携した事業を行うなど葉山のローカルと繋がる取り組みにも力を入れています。
リゾート系ライフスタイルホテルを体現する工夫
●ホテルに入った瞬間から落ち着く雰囲気が漂う館内の香り、音楽のこだわりについてお聞かせください。
音楽に関しては、弊社のグループホテルの音楽などを監修してくださっているDJ LAVAさんがセレクトしたBGMを流しています。うみのホテルだけでなく、グループホテルの「bar hotel 箱根香山」や「箱根つたや旅館」でもそれぞれの空間に合った音楽で演出しています。うみのホテルのロビーでは、朝の6時から夜11時まで、一本のアルバムをBGMとして流しています。これによって、朝、昼、夜と時間帯にマッチした音楽を通しで提供することができます。しかし、開放的な作り、さまざまな使い道のあるロビーだからこその難しさは音楽の音量調節です。グループでわいわい楽しんでいるお客さまもいれば、リモートワークとして活用しているお客さまもいます。だからこそ、お客さまの利用状況を観察し、それに合わせたボリュームの変化を工夫しています。
香りに関しては、玄関口、6階のランドリースペース、お手洗いにアロマディフューザーを設置しています。これも弊社のグループのホテルによって、それぞれに合わせた香りを選んでいます。当館うみのホテルでは、海をイメージさせるような爽やかな香りにしています。香りの難しさは、チェックイン時のフロントやカフェ、レストラン等あらゆる目的が集約するフロントロビーにおいて、料理の香りを害さないよう、ほのかに香る空間演出を工夫しています。
●コンセプトを構成する要素の一つにあった“Art & Beer”のビールと、うみのホテルとの関係性はどういったものなのでしょうか。
もともと、このうみのホテルの前身はビール飲料メーカーの施設だったため、その地歴を受け継ぐという意味でビールの販売に力を入れています。当館では、葉山をはじめ、鎌倉の地ビールを多く取りそろえています。しかし、現在、うみのホテルを利用している客層は女性客が多く、ビールの消費が少ないというのが現状です。ただ、その分ビールを使ったビアカクテルの提供に力を入れるなど工夫しています。今後の展望としては、近隣葉山にはバーや居酒屋といったお店が少ないため、近隣の方にとって、夜にふらっと立ち寄ってビール一本飲めるような場所になればいいなと思っています。
新たな取り組みとして、グループホテルの「bar hotel箱根香山」のバーテンダーがうみのホテルで提供するカクテルを監修するなど、力を入れています。お酒の提供に関しては、まだまだ可能性があり、新型コロナウイルス感染拡大が収まってきたら多くの方が集まり、つながりを形成できるような、そして、うみのホテルを介して地元葉山とよりつながれるような価値を提供していきたいと思っています。
「つながる」というキーワード
●内装デザインやアートワークは、こだわりやさまざまな工夫が感じられます。
部屋の作りがとてもシンプルで、余計なものは設置していないからこそ自然を楽しんでもらいたいと思っています。また、ロビーのラウンジやカフェに自然と集まるような作りになっています。部屋でこもるのではなく、お客さまがラウンジに集まることで、これこそが当館のキーワードとしている「つながる」ということになると考えます。お客さまとスタッフ、地元と、そして、お客さま同士がつながる、そのような空間になればいいなと思っています。だからこそ、フロントロビーのインテリアや装飾にこだわりを手掛けています。インテリアデザインやアートワークなども地元のアーティストの作品を用いるなど、ここでも地元と「つながる」ということを意識しています。
そして、お客さまがその空間、自然に馴染むよう、スタッフはさりげない、スマートカジュアルな接客を心がけています。また、その現れがスタッフの制服です。白シャツ、デニムといったカジュアルに、足元は革靴というフォーマルを取り入れることで日常と非日常を合わせ持つ当館のコンセプトの「リゾート系ライフスタイルホテル」を表現しています。その他には、客室に関して、ゲストハウスのような空間もあれば、スイートルームもあり、日常と非日常をその時の用途によって使い分けることができるようになっています。
●施設のデザインや空間づくり、そしてオペレーションに統一感がありますね。
私たちは自社で施設を買い取り、改築し、運営するという一連の流れを行っているからこそ、空間づくりにストーリー性を持たせることができるのです。このようにすることで、自分たちが一から作ったという意識が生まれ、スタッフ自身のホテルに対する愛着が形成されます。また、何もない状態から作り上げるのではなく、前身の思いや伝統を受け継ぐことで責任やリノベーションの楽しさを実感しています。