取材・執筆/立教大学観光学部 村上奈緒子・中山里美 監修/宿屋大学 代表 近藤寛和
リゾナーレ那須の象徴ともいえる「POKO POKO」。Books & Caféやプレイエリアがある
「アグリツーリズモリゾート」というコンセプトを掲げ、2019年11月に栃木県・那須町に開業した「星野リゾート リゾナーレ那須」。以前運営されていたリゾートを改装し、建物などはそのまま使い新たなリゾートホテルとなった。
アグリツーリズモとは、イタリア語で農業(アグリクルトゥーラ)と観光(ツーリズモ)の造語であり、その土地の農体験や自然体験、文化交流を楽しむことが出来るという意味。それをリゾナーレ那須では、「農業 × 観光 × リゾート」という新たな旅のスタイルを提案する。リゾートホテルで農業を扱うのは日本初の試みである。「農業体験を通して、人との出会いや思い出づくりに貢献したい」と語る、松田直子総支配人。日本初の「農業×観光×リゾート」というスタイルについて、どのようにして生まれ、どのようにコンセプトを具現化していったのか。リゾナーレ那須への想いを伺った。
●まずは、開発段階でのコンセプトメイクの作業において、リゾナーレ那須のコンセプトを「アグリツーリズモリゾート」とした理由からお聞かせください。
総支配人の松田直子氏
「アグリ」はアグリクルトゥーラのアグリで「農業」、ツーリズモは「観光」、農業観光をリゾートホテルのスタイルで提供してみようというのが我々のコンセプトです。農業だけにフォーカスしても良くないですし、観光だけにフォーカスするのも良くないので、そこのバランスを取ることを我々は日々模索しているところですね。
農業に関してこだわっていることは、「生産活動を感じられる取り組みが365日、常に館内で行われていること」がひとつあります。もうひとつは、那須の自然です。那須は大きな観光スポットはさほどありませんが、自然や田舎文化ならではの、小さいけれど魅力ある観光要素はたくさんあるのです。それらの素材をうまく魅力にするように、自然を体感できるアクティビティを常に考えてアウトプットしています。
施設も非常に個性的です。ビル型の建物のホテルではなく、森の中に独立した客室棟が点在しています。レストランや大浴場への移動の際には、必ず屋外を通るというのも、自然を肌で感じられる作りになっています。三密を避ける必要のあるいまは、特にこれがお客さまに受けています。
料理にもアグリツーリズモの要素を取り入れています。リゾナーレ那須敷地内で私どもが管理している「アグリガーデン」では、通年80種類以上の野菜、100種類以上のハーブを育てています。また、栽培された野菜やハーブは収量に応じてレストランやカフェで活用しています。
リゾナーレ那須では、2つのスタイルのレストランでご提供しています。そこでは地域の魅力を感じられる「美食」を提供しています。メインダイニング「OTTO SETTE NASU」ではイタリアのトスカーナ州と那須の気候が似ていることから、トスカーナ州の伝統的な料理と栃木の食材を掛け合わせたお料理を提供しています。もう1つのレストラン「SHAKI SHAKI」では、ビタミンカラーを使いもっとライブ感を感じられるようにしています。ここでは地域の牧場の方に協力していただき、朝食に濃厚な牛乳を提供しています。シーズンによって濃厚さなどが違うので、季節ごとに楽しんでもらうことができます。これらも、牧場近くのここだからこそ提供できる体験価値だと思っています。
地元の方々とのコラボレーション
●リゾナーレ那須が農業をやる価値は、どんな点に感じていますか?
星野リゾート運営のリゾートホテルというスタンスでやるからこその快適さであったり、都心から比較的近いというアクセスのしやすさなどを、しっかりと位置付け、伝えていけるところです。そして、「那須」という地域の” らしさ”を表現していければと考えています。
●決まったコンセプトを具現化するのは大変でしたか?
当然ながら星野リゾートは農業が本職ではなかったため、そこを安易にアウトソースするのではなく、自社のスタッフたちで行い、本質的に農業を追及していくということが大きな課題でした。しかし、誰もやったことのないチャレンジだからこそ、試行錯誤して前向きにやっていこう、という想いがありました。幸運にも、熱意をもって取り組まれている地元の方とのご縁が後押しとなり、なんとかカタチになっています。地元の方々との関わりなければやっていけなかったと思います。
●既存の建物をリノベーションする上で大変だったことはありますか?
もともとあったコンセプトを表現している建物、配置なので、それに違うものを組み合わせるのは本当に難しかったですね。しかし、だからこそやりがいはあります。今後、リゾナーレ那須も、コンセプトに合わせてどこからどう改装していくかをその都度判断して行かなくてはいけなくて、「お客さまの快適性に関わる部分を改装する」のか、「コンセプトをもっと表現する部分を改装していく」のかも、その都度判断しなくてはならないですね。
●空いている土地を活用するとしたら一番何をしたいですか?
色々アイデアはあって、ドッグランや、自然を生かしてお客さまが自由に過ごせるピクニックエリアやキャンプエリアなども良いなと考えています。また野菜のミニ工場を作ったり、牧場を作ったりなどの案も出ていますね。冬は落ち着く時期なので、そういう時期には地域の方々にお越しいただいて、お客さまに講談のような形でお話ししていただいたり、一緒にワークショップをしたりなどのアイデアも出ています。
●現時点で感じる課題はありますか。
一番の特徴である「農業」をもっと客室の中で感じられるしつらえがないか、食事の中でより農業とのつながりを色濃くできないかなど、農業を中心において滞在の色々な場面があるというストーリーづけを組み立てていくことが課題です。ハーブを育てているので、それを客室に取り入れて、もっと農業を感じられるようにすると、コンセプトを強化できそうです。
「メンバーシップ」と「セルフリーダーシップ」
●総支配人になられて半年ですが、どういったことが困難だと感じますか。
まだまだ勉強しないといけない事があるのでそういった点は大変ですね。ただ我々の施設のスタッフはモチベーションが高いといいますか、コンセプトをどう表現すべきかといったことを真剣に考えてくれています。別業種からの転職組が多いので、いろんなアイデアが出てきます。私は周りに支えられていると思います。
●総支配人としてどんなリーダーシップを発揮していますか。どんなGM像を目指していますか。
個人的には、私がいらない組織になったら成功だと思っています。リーダーのいないチーム、それでも未来に向かっていけるチームが強い。セルフリーダーシップを持っているメンバーの集まりになっていけたらいいなあと。ですので、テーマとして「メンバーシップ」と「セルフリーダーシップ」の2つをキーワードにやっていってほしいと思っています。そのために「相談をしあいましょう」と言っています。物事を決める時って、誰もが不安だと思うので、大事な選択を1人で抱え込みすぎないで、相談することが大切。相談の機会が多ければ多いほどお互いの価値観のすり合わせができるようになりますから。
●最後に、「星野リゾートの魅力」を聞かせてください。
「顧客は友人、家族は社員」というスローガンが体現されていると思います。「ボスは価値観」というのも大切にしています。一人一人がしっかり考えるということを日々意識しています。それを促すのも私の役割ですが。代表の言うことに意見が言える環境なんです。リーダーがいうことが全てではなく、一人一人の意見を聞いてもらえる環境です。