客室は全部で15 室。広さは70 ~ 86㎡で、全室源泉かけ流しの内風呂と露天風呂がついている
倒産や廃業で軒数が減り続ける旅館業界。そんな厳しい環境にあっても、きらりと輝く個性を持ち、まっとうな経営を行なっている宿がある。本連載は、そんな素晴らしい旅館を旅館総合研究所の重松所長が選び、取材し、写真と文章で紹介する企画。
最終回は、北海道・ニセコエリアに2015 年6 月に誕生した「坐忘林(ザボウリン)」。日本旅館に魅了された英国人オーナーと、北海道とニセコを愛する英国出身のクリエイティブディレクターが創った旅館は、外国人から見た日本の美しさに満ちたハイエンドのRYOKAN だった。
客室にはすべて雪の結晶の名前が付けられており、マークはその結晶がかたどられている。日本の家紋の美しさに魅せられたショウヤ社長のアイデアである
「日本人は、日本の良さを忘れている。私は、外国人だからこそ分かる日本の美しさを表現したかった」坐忘林のクリエイティブディレクター兼CEO のショウヤ・グリッグ氏はこう語る。
テーマは、陰翳礼賛。どこもかしこも明るく照らすのではなく、陰を生かすことこそ日本人が持つ美意識。これこそグリッグ氏が追求した世界観。
坐忘林は、モノトーンの世界。色を極力そぎ落とし、陰影を強調した空間が広がる。
雪積もる冬の季節は、なおさらである。客室にいて、かすかに聞こえてくるのは源泉かけ流し露天風呂から流れ出るお湯の音。ゲストは、そんな静寂の、驚くほどミニマルな空間に、しばし身を浸す。外に目をやると、雪の白と林の黒というモノクロの景色。温泉床暖で体はぽかぽか。しだいに心と魂が鎮まっていく。
「原生林の中で、ゆったりと腰を下ろし、日常の雑多な物事を忘れ、静寂を愛めでながら心を鎮める」これが、坐忘林の名称の由来である。
陰を除かず、閑寂さの中に奥深さや豊かさを見出す価値観と同じくらい日本人が美意識として持つもの、それは「引き算の美学」。付け足して魅力を増すのではなく、余計なものをそぎ落とし、本質的なものを際立たせる哲学。グリッグ氏は坐忘林でこの日本の美学も伝えている。不要なものをそぎ落とし、残したものはすべて極上である。
フォトグラファーでもあるグリッグ氏は、次のようにも語っている。
「写真も一緒。私は、色を消し、極限までシンプルに表現する写真を撮ります。スペースが大事です。何もないところを敢えて残すことで、伝えたいものの魅力が引き立つのです。自信がない人は、空白が多いと、いろんな要素を取り入れたくなってしまい、結果ぐちゃぐちゃになってしまうのです。旅館やホテルにも同様のことが言えます。ベースとなる“ おもてなし” や料理、風呂などに自信があれば、それを際立たせる工夫をすればいい。空間がごちゃごちゃしてしまっている旅館やホテルというのは、本質的なもののベースに自信がない表れなのです」
外国人に気付かされる日本の美学が、ここにある。
このほか、本誌では「坐忘林」のクリエイティブディレクター兼CEOのショウヤ・グリッグ氏のインタビューと旅館総合研究所所長の重松正弥氏の分析が掲載されています。詳細は本誌をお買い上げいただくか、電子版にご登録ください。
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客室「雪輪菱(ゆきわびし)」の露天風呂