【フランスで進化する日本酒】
日本らしさといった時に、どの要素が日本らしさに必要なのだろうか。フランス料理に柚子などの日本の柑橘が香る皿は、日本のエスプリが感じられるのだろうか。海外でも多くの日本食を提供する店舗がある。昔、カリフォルニアロールは寿司とは言わないというようなことが言われていた。ベンジャミン・ボアズ氏の「マイ・ジャパン」と「ユア・ジャパン」の違いの指摘を知れば、こうした日本文化を含む海外へのコミュニケーションに課題が多いことは理解できる。
では、日本酒はどうだろうか?ワインの文脈に持ち込まれ、ソムリエの注目を浴びるようになってから久しい。近年、世界中でクラフトブリュワリーが勃興しており、日本酒もその流れに乗っている。日本以外で清酒を造っている企業は最近でき始めたわけではなく、大関や宝酒造、月桂冠といった大手は1980年頃から現地生産を行っている。そうした蔵は、現地の需要やニーズを上手に取り込みながら従来の日本酒とは異なる表現を可能にし、販売を行っている。
WAKAZE。注目されている蔵でもあり名を聞いた方も多いのではないだろうか。和の風、そして東北地方の酒蔵で「若い蔵人」を指す方言として使われる「酒屋若勢」が名の由来であるこの蔵は、日本の三軒茶屋を皮切りに2019年パリ近郊に醸造所「KURA GRAND PARIS」を創立。フランスの食文化やパリの流行を取り入れ、フランス産の原材料を用いて醸造を行っている。
【WAKAZEの魅力】
WAKAZEが醸す日本酒の特徴は、米を殆ど磨かない点にある。米本来の旨味をしっかりと活かし、かつ廃棄を減らすことができる。低精白なのとアルコール度数もやや低めで醸造されているため、旨味だけでなく米の甘さや、ふくよかさを感じさせるボディがある。特に後述する「THE CLASSIC」はフランスでのエスプリを日本に逆輸入する形で生まれた日本酒だ。7月の初めに最高醸造責任者の今井翔也氏が帰国しているということで、いくつか質問する形でお伺いをした。
▶フランスにおける日本酒の状況はいかがでしょうか?
WAKAZEを中心としたローカライズしたSAKEの成長と、過去最高金額を更新し続けている日本からの輸出拡大の双方の熱量を帯びながら、フランスでの日本酒の認知度は、近年急速に高まっています。特に、寿司や和食などの高級日本料理とのペアリングで楽しまれることが多いのはもちろんですが、現地日本人シェフたちの活躍により和の素材や技術を取り入れたレストランが増えることで、和食以外にもペアリング領域を拡張しやすい土壌が着実に育っています。
フランス国内のワイントレンドでは、赤ワイン需要が下がりロゼワインが伸長しており、食卓が「より軽さと複雑さをバランスよく兼ね備えた酒」を求めているのは明らかです。日本酒の認知度の高まりとともに、これまでの吟醸酒のように繊細さと純粋さを追究するスタイルから、個性や複雑さをより取り込んだ日本酒が選ばれていくと考えています。
▶KURA GRAND PARISでの日本酒の設計のポイントについてお伺いさせてください
KURA GRAND PARISは米・水・酵母をフランス現地素材に徹底的にこだわりながら、日本では一般的な醸造用添加物を一切使用しない「白麹酛」を全量採用することで土地性を引き出し、日本と全く異なる味わいや醸造体系を確立しています。フランス唯一の稲作地帯カマルグの食用米をほぼ磨かずに個性を生かし、超硬水と呼ばれる硬度でも優しい発酵ができるよう独自の「硬水醸造法」の技術基盤を確立し、ブルゴーニュの白ブドウ畑由来のワイン酵母で調和させています。
それと同時に、現地の顧客の反応をクイックに取り入れながら、日本から渡った造り手自身も現地蔵人とともにフランスの生活や食文化に慣れ親しむことで、新しいアイデンティティを持ったものづくりを構築し、WAKAZEは独自進化を遂げ続けています。2022年にはパリ中心部5区に直営レストランをオープンし今年1周年を迎えましたが、そうして食卓に寄り添いながら共創していくSAKEが私たちの原点であり、造り手が挑戦を続けられる秘訣です。
▶今回のティエリー・マルクス氏とのコラボレーションを含め、日本の皆さんへ何をお伝えしたいでしょうか?
フランスでのローカライズは、裾野を広げることだけが目的ではありません。今回のように、現地素材を用いてより高みを目指した表現ができるように製法を工夫し、偉大なフレンチシェフの食卓に肩を並べる格式を持つことがさらなる未来を創造すると信じています。創業の地・日本で学び、フランスにインスピレーションを得たSAKEがどのように価値を深め羽ばたいていけるのか、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。
▶最後に、今後の展開についてお聞かせください?
私たちは「日本酒を世界酒に」をビジョンに掲げ、文化や国交を繋ぐ象徴としてのSAKEを醸しながら、フランスの学びを新しい市場へ展開するための第3創業期を迎えています。そうして世界各地を銘醸地へと変化させ、世界中でローカライズされたSAKEが造られる世界を先導することで、世界の食卓をより豊かにしていくことを目指しています。国や地域を超えた人の交流を受け止め、文化のクロスポイントの最前線を担うホテル業界の皆様の現場、そして食卓で、新たなSAKEへの発想・需要が生まれ続けることを祈っています。
© @sadiksansvoltaire
今回、そんなWAKAZEからティエリー・マルクス氏とのコラボレーションが生まれた。フランスでは既に発売されている商品だが、ようやく日本でも販売が開始される。
「ICONIQUE」「MAGNIFIQUE」「UNIQUE」の3種類が展開されており、「ICONIQUE」はラベルに記された『純』の文字が示すように、日本の純粋な伝統に基づいて醸造が行われた1本で、『躍』の字が当てられた「MAGNIFIQUE」は白麹を用いた珍しい1本、「UNIQUE」は『樽』の字が見えるようにウイスキー樽で約2ヶ月半熟成を行った1本だ。
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常々、日本酒に限らず、料理人やバーテンダーといった創作を生業とする方々には酒類生産においてもその技術やセンスを積極的に活かして欲しいと思っていた。料理やカクテルが何かをモチーフにしたり、インスピレーションを形にしたりと、そうした方々の手が入ることで表現の幅が格段に広がるからだ。日本人が思う日本酒ももちろん価値があるが、海外の方が感じ思う日本酒の表現もまた、同じように価値があり、海外展開が進む日本酒市場にとっては、殊更重要にもなってきている。
以下、試飲コメントと併せて、その魅力を伝えてみたい。
© @sadiksansvoltaire
「ICONIQUE」
精米歩合:90%。フランス産原材料を、ワイン酵母を用い吟醸造りを超える水準の長期間、低温で丁寧にゆっくり発酵。WAKAZE KURA GRAND PARISとしては初の「中取り」により最も透明感の高い部分のみを使用、アッサンブラージュにより最適なバランスを追求した贅沢な1本。
・アルコール度数:13%
・内容量:750ml
・原材料:米(フランス/カマルグ産)、米麹(フランス/カマルグ産米)
・酵母:ワイン酵母
【試飲コメント】
WAKAZEが持つ米の旨味の表現はそのままに、何も加えるものが無いように各コンポーネントのバランスに優れている1本。香りからはややドライさを感じ、乳酸に似た柔らかな酸味、米の心白を想わせる香りが感じられる。味わいは非常に澄んでいるのに、弾力を感じさせるボディ(ミディアムボディ)がある。酸は穏やかだが、中盤以降でアクセントとして利いてくる。軽やかさと繊細さがありながら、各コンポーネントの存在感がしっかりとある。琴の音が、一音一音、粒が揃っているように綺麗さと解像度の高さが共存している。『純』の字があてがわれているが、言いえて妙である。ベタだが、星の王子様の一節が思い浮かぶほど、日本酒の表現として無駄がなく、磨き抜かれた純度の高さを感じさせてくれる。日本酒が持つコンポーネントはすべて綺麗に出ているので、とてもガストロノミックな1本であると感じる。
© @sadiksansvoltaire
「MAGNIFIQUE」
精米歩合は90%。ティエリー・マルクス氏が料理との調和に求めた「白麹による酸味」を最も体現した、WAKAZE KURA GRAND PARISでは初となる白麹メインのレシピによる1本。
・アルコール度数:13%
・内容量:750ml
・原材料:米(フランス/カマルグ産)、米麹(フランス/カマルグ産米)
・酵母:ワイン酵母
【試飲コメント】
この日本酒を口にしたときに思ったことは「フォンティーヌ(泉)」だ。ラヴェルの水の戯れを想わせるようなキラキラとして躍動感があるのに、スッと消えるような軽やかさがなんとも言えず心地よい。酸味のよる影響から、瑞々しい印象があり、ほのかな柑橘の奥に新鮮な黄桃といったジューシーな果実感がある。酸の陰翳とでも表現したらよいのだろうか、軽やかさやみずみずしさ、活き活きとしたニュアンス、そしてアフターの残る酸。バレエを見ているかのように酸によって表情を変えるのがユニークだ。日本酒の原料は、米、水、米麹であり、先の「ICONIQUE」が日本酒としての中道で米の表現であるとすれば、この「MAGNIFIQUE」は水の表現であると言えると思う。
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「UNIQUE」
こちらも精米歩合は90%。ティエリー・マルクス氏が本コレクションに求めた「SAKEの多様性」を象徴する1本でパリのウイスキー(La Fabrique à Alcool)の樽で約2ヶ月半熟成。
・アルコール度数:13%
・内容量:750ml
・原材料:米(フランス/カマルグ産)、米麹(フランス/カマルグ産米)
・酵母:ワイン酵母
【試飲コメント】
色合いには樽熟成の影響は見られない。香りには対照的に色濃く樽の影響を感じ、ナッティーなニュアンス、少しオイリーさや僅かにアーシーなニュアンスが感じられる。ミディアム~フルボディ。香りから少し粘性が高そうな印象を受けるが、テクスチャーは濃くはないが液体に樽の要素が綺麗に溶け込み馴染んでおり目が詰まっている印象がある。僅かに他の2本に比べて中盤以降にアルコールを感じる。アフターには樽の香りが芳醇に広がり、黒糖にも似た甘い香りがある。ティエリー・マルクス氏のコラボはどれも繊細で、軽さがあり純粋な印象がある。この「UNIQUE」も樽の影響が支配的かと思わせて、WAKAZEらしいボディとほんのりとした甘さが樽感とマッチして、奥行きと厚みがでており立体的な表現が生まれている。
WAKAZEは、他にも「THE CLASSIC」、「THE BARREL」、「ORBIA」といった日本酒を醸している。中でも、「THE CLASSIC」は多くのソムリエに試して頂きたい1本だ。パリで試行錯誤され設計された味わいを日本に逆輸入した商品で、山形県にある小嶋総本店で醸造されている。
イチオシは「THE CLASSIC」13%
WAKAZEを知る上でも、また、海外訪日観光客向けの日本酒を検討している方には是非手に取って頂きたい1本だ。原料となる米が酒米ではなく、一般に流通されている山形県産のつや姫というのがとても面白い。精米歩合は90%。口に含むと、炊き立てのお米を想わせるふくよかな甘さが広がる。口当たりには丸みがあり、穏やかな酸味が心地の良いアクセントを加えている。
なぜこの1本を試して欲しいかと言えば、日本酒が米から造られているという当たり前の事が非常によく分かるからだ。そして、日本人が思う「米」とは何なのか、炊き立てのお米の香りや甘さ、ふくよかさや旨味といった様々ことを体験することができる。加えて、飲むだけでなく、提供としても「つや姫」を用いることができる。稲作農耕という日本の歴史を鑑みながら、なぜ米からお酒を造ったのか。そんなことまで思いを馳せられる、米の魅力がたっぷり詰まった1本なのだ。
また、パリでの設計が活きており、訪日観光客の中で、日本酒に興味はあったがまだ試したことが無い方にこそ勧めやすい味わいになっている。ボディやテクスチャー、ドライネス、酸、バランス、フレーバーととてもアプローチがしやすい。エントリーの1本として申し分のない個性と特徴を備えており、現場としてはすごく重宝する1本だと感じる。
日本人が思う米へのこだわりとしての「マイ・ジャパン」と、美食の街パリで磨き上げられた現地の方々が好む日本酒としての「ユア・ジャパン」、それを繋ぐことができる貴重な日本酒だと思う。
【日本酒という文化を身近に】
WAKAZEのwebページにはこんな言葉が記載されている。
「日本酒の伝統的な製法をベースにルールにとらわれないSAKEを造ります。」
国内の酒蔵に対して批判的な訳ではない。冒頭に「マイ・ジャパン」と「ユア・ジャパン」を紹介したように、日本酒というお酒が日本の地以外で根付いていくには、国内生産のみの輸出では難しい面がある。フランスはワインや食文化だけでなく、芸術やファッション、建築や映像など多様な表現がある。WAKAZEには、米・麹・水という材料を用い、既存の日本酒の表現枠を超えた作品に今後もチャレンジして、業界への刺激や問いかけをしていって欲しいと願う。
WAKAZEは今、日本の業務用市場での認知向上と販売強化に力を入れている。本記事を読んで興味を持たれた方は、是非一度コンタクトを取ってみて欲しい。新しい発見がそこにはあると思う。
株式会社WAKAZE セールス担当
MAIL : sales@wakaze.jp
担当:小川