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CT Spirits Japan

【レポート】100年を超え愛される店舗のエスプリとは。カンパリマスタークラス開催

2023年08月01日(火)
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ミラノの歴史の一部である「カンパリーノ」。1860年創業のカンパリが誇るこのフラグシップ店は、2021年に「The World's 50 Best Bars」で27位に輝いている。

その功績の立役者Tommaso Cecca(トンマーゾ・チェッカ)氏が来日し、カンパリをより活かすための「マスタークラス」にて本国のエスプリを紹介してくれた。本記事はそのレポートである。ネグローニを始め、世界中で愛されるカクテルに用いられるカンパリ。その活かし方の一環を紹介したい。

【100年を超え愛される店舗】
イタリア・ミラノにあるカンパリのフラグシップ店「Camparino In Galleria」のストアーマネージャー兼ヘッドバーテンダーであるトンマーゾ・チェッカ氏が来日し、2023年7月24日にザ・リッツ・カールトン東京にて、イタリアのアペリティーボの魅力とミクソロジー文化をご紹介する「マスタークラス」と「バーテンダー テイクオーバー」が開催された。

まずは、カンパリの歴史を踏まえつつ簡単に「Camparino」の紹介をしよう。カンパリは1860年の創業の後、ブランドの成長とともに1867年に、ミラノのドゥオーモのすぐ近くにある「ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世」に「カフェ・カンパリ」をオープンした。そしてその年には、カンパリの後継者であるダヴィデ・カンパリ氏が生まれている。
 

ミラノのアペリティーボのシンボルとして100年を超えて愛され続けている「Camparino」は1915年、創業者の息子であるダヴィデ・カンパリ氏が、「カフェ・カンパリ」の向かい角にオープンしたお店だ。瞬く間に人気を博し、知識人やセレブリティが集まりミラノのアペリティーボの代名詞となった。

2015年には100周年を迎え、改装工事を経て、2019年秋にリニューアルオープン。2021年には「The World's 50 Best Bars」の27位にランクインし、続く2022年には、73位にランクインしている。
 

イタリアのアペリティーボ文化の発信地としてだけでなく、ネグローニ、ズバリアート、アメリカーノなどの代表的なカクテルに加え、カンパリならではの革新的でユニークなフレーバーを楽しめ、世界で最も影響力のある店のひとつとして確固たる地位を築いている。


【成功の立役者が来日し、「マスタークラス」開催】

今回2018年に、そんな「Camparino」のストアマネージャー兼ヘッドバーテンダーに就任し、「Camparino」を世界的なカフェ&バールとして飛躍させた立役者であるトンマーゾ・チェッカ氏がアジアツアーの最後を飾る国として日本に来日を果たし、本店のエスプリを伝える「マスタークラス」が開催された。
マスタークラスでは、まず「Camparino」の歴史的な成り立ちの説明がなされ、その後、実際「Camparino」でも提供されているクラシックカクテルからハウス・シグニチャーまで幅広く、かつ惜しみなくどのようにしてカクテルを造るのかを説明してくれた。
 

マスタークラスを終えて筆者が感じたのは、カンパリを活かす秘訣は次の3点であるということだ。1点目は香り、2点目はテクスチャー、そして3点目はコントラストだ。順を追って説明していきたい。
 
1点目の香りは、インテンシティとスペクトルの2つに分解して考えることができる。インテンシティとは強さのことだが、一口目のインプレッションをいかに印象的にするか、これによってより鮮やかにカンパリの良さが感じられるようになる。スペクトルとは、カンパリ自体様々な材料を用いているためとても複雑な香りがするが、その香りを紐解いて広げてあげることで表現の多彩さを出すことを指す。
 

カンパリ・セルツを例に説明してみよう。カンパリ・セルツは、カンパリとセルツというごくシンプルな組み合わせのカクテルだ。ただ、通常の炭酸(ソーダ)ではなく、サイフォンで高圧にしたものを用いる。マスタークラスでは、セルツ(サイフォンから)とソーダの用い方の違いとして、セルツは気圧が高く撹拌するように用いるが、ソーダは溶け込ませるように用いるとの説明がなされた。
 

少し化学的な視点で考えた際、原料の各成分によっては分子的な結びつきの状態が生じている可能性が考えられる(分極や水素結合によるものなど、分子クラスター)。そこに勢いよくセルツが流れ込むことで撹拌され分子間の相互作用が切れたり、また、pHとアルコール度数が変わることによって液内の状態が変化することが考えられる。はじける炭酸によって運ばれる香りは液面で弾け、とても印象的に香るようになる。セルツを用いることで、インプレッションとスペクトルのどちらも強めることが可能になると解釈できる。
 
そのセルツを活かすには、温度が低くないといけない。これは、一般的に気体が液体に溶存する際には、温度が低いほど、また圧力が強いほど良いからである。そのため、カンパリ・セルツに用いるカンパリは、冷凍庫でしっかりと冷やしたものを用い、グラスも冷やして提供する必要がある。カンパリとセルツの割合は1:1が良いようだ。
 
このカンパリ・セルツは「カンパリーノ」のロゴにもなっているほど、お店を代表するカクテルだと言っても過言ではない。もし、まだ試したことが無い読者がいれば、是非試してみて欲しい。色合いもだが、驚くほどカンパリの魅力が解き放たれるはずだ。
 
2点目のテクスチャーだが、これはカンパリ自体の苦味をどのように活かすのかが問われる。苦味は味わいを引き締める役割を果たし、硬質的なニュアンスを出したりすることができる。この苦味をどのように調整して活かすかで、テクスチャーにも変化が生まれる。甘さと苦味のバランスもそれにあたる。後述する、Porcini Negroni(ポルチーニ ネグローニ)がその例だ。
 
他にも、先程例に出したカンパリ・セルツは、液体の上にきめ細やかな泡が形成される。カンパリ自体の苦味に、泡のふんわりとした印象が加わることで苦み自体が穏やかに感じられる。また逆に、カンパリの苦味があるからこそ、泡というテクスチャーをより印象的に感じることができる。
 
以前、カンパリのブランドアンバサダーを務める小川尚人氏が披露してくれた「Milano‐Milano Spectacle」のようにウォッシュすることで、その苦味を押さえつつクリーミーな味わいに仕上げているのも、苦味のコントロールによってテクスチャーを変えている例に当たる。(勿論、ワックスで用いた油分も関連するが)
 
3点目のコントラストは、対比だけでなく、抑制によってより鮮やかに感じるものや相乗効果で際立つという意味も込めている。クリーミーさと苦味、甘さと苦味といった味わいだけでなく、白と赤といった色合いも含まれるし、カンパリらしい苦味を想わる香りも挙げられる。
 
ベーシックなカクテルからオリジナルのカクテルまで、様々なカクテルがマスタークラスで紹介されたが、この3点を上手く使い分けながらカンパリの持つポテンシャルを引き出しているように感じられた。
 
【カンパリーノのエスプリ】
カンパリーノでは「simplicity・complexity・consistency」の3要素を大切にしているとの説明があった。ついつい凝ったカクテルをつくりがちかもしれないが、カンパリ・シェカラートのような究極ともいえるシンプルさを体現したカクテルもある。シェイクという技術のみで、空気を含ませ、温度やアルコール度数を変えて提供される一杯には、シンプルながらカンパリが持つ複雑さを楽しむことができる。
 
今回のマスタークラスでは、カクテル技術だけでなく、「カンパリーノ」という組織についても話された。来場者の多くは現場で活躍するバーテンダーだ。どのようにして世界中のゲストを喜ばせるお店をつくり上げているのか、そこにも質問が挙がった。
 
中でも印象的だったのが、「エゴを出さない」ということだ。どうしても自分が前に出てしまうことがあるかもしれないが、常に組織やお店、ゲストのことを考えるのを忘れてはいけないということを語っていた。また、ビジネス視点を持つ大切さや、円滑なコミュニケーションが行われるための透明性などにも言及がなされた。評価がされる裏には、組織としての強さがある。そのことを実感させてくれる2時間であった。
 
近年、リカレントやリスキリングといったことが叫ばれているが、新しい事ばかりではなく、きちんと基礎を学び直すということも自身の能力向上には有効だと感じる。そうした意味でも、本国で行われている技術や文化を日本で体験できることは非常に重要であり、今回参加された方々にも多くの実りをもたらしたのではないかと感じる。

 
【バーテンダー テイクオーバー】

左:サヴェリオ・カゼッラ(Saverio Casella)氏 右:トンマーゾ・チェッカ(Tommaso Cecca)
左:サヴェリオ・カゼッラ(Saverio Casella)氏 右:トンマーゾ・チェッカ(Tommaso Cecca)

マスタークラスが終わったのち、会場となったザ・リッツ・カールトン東京の45階に位置する「ザ・バー」にて、恒例の「バーテンダー テイクオーバー」が開催された。「バーテンダー テイクオーバー」は今回で11回目となり、マスタークラスに参加された方々の多くが、引き続きトンマーゾ・チェッカ氏のカクテルを楽しんでいた。

ザ・リッツ・カールトン東京の「バーテンダー テイクオーバー」については、弊誌「週刊ホテルレストラン2023年7月7日号 FB活用による高付加価値化」でも取り上げており、その内何度か筆者も記事を書いている。
 

日本のカクテルシーンを彩るバーテンダーが会したその様子は壮観であり、ヘッドバーテンダーの和田氏の笑顔も印象的であった。勤務時間の重複もあり、日本では中々こうした機会が少ないかも知れないが、シンガポールのように活発なバーテンダーコミュニティーが継続して欲しいと感じた。
 
「バーテンダー テイクオーバー」では、マスタークラスでも紹介されたPorcini Negroni(ポルチーニ ネグローニ)を含む、計3種類のカクテルが提供された。簡単にだが、ひとつづつ紹介していきたい。
 
 
Black Tie(ブラックタイ)
爽やかなスパイス感とカンパリのスイートビターな風味が口当たりの良いカクテル。
材料:Campari、Black cardamom soda
 
カンパリの色が映えるカクテルで、カルダモンの香りが豊か。カルダモンだけでなく、他のスパイスのような雰囲気も感じられ、どことなくマラケシュの市場を想起させる。その奥にキニーネのような香りを感じる。味わいはスムーズでバランスが取れており、一体感がある。ほんのりとレモンやオレンジの柑橘の香りが心地よい。
 

Porcini Negroni(ポルチーニ ネグローニ)
ポルチーニ茸とアマレットの香りが勢いよく混ざり合う、力強いネグローニのツイストカクテル。
材料:Campari、Montelobos Mezcal Espadìn、1757 Vermouth Di Torino Rosso、Averna Adriatico roasted almond、ソルトシロップ、オレンジビター、ポルチーニ茸
 

独特のアーシネスが香りにはあり、土、キノコ、醤油、アマレットの芳醇な甘さとカンパリのビターネスが香る。アマレットが主体のように感じるこのカクテル、面白いのがアマレットと思わせて3つの様相が重なるように口の中で広がる点だ。メディシナル、ビター、そしてアマレットらしい甘さ。特にメディシナルなニュアンスは、カンパリと一体となっており、アマレットっぽいのにアマレットにはないような雰囲気が出ていて楽しさがある。柔らかなテクスチャーと濃厚さ、アマレットの甘さに、高知県産のいももちのようなサツマイモや干し芋を想わせる甘さがある。しかし、全体としてはクラシックな印象。飾りのキノコをどうしたらよいのか分からなかった。
 

Bitter Paloma (ビター パロマ)
カンパリ、エスポロンテキーラ、グレープフルーツの完璧なマリアージュと、フレッシュでフルーティー、そしてビターな香りが特徴的なカクテル。
材料:Campari、Espolòn Tequila 、1757 Vermouth di Torino Extra Dry、ライムジュース、アガベシロップ、グレープフルーツジュース、トニック

このカクテルの面白い点は、なぜか乳酸飲料のようなニュアンスを感じることだ。グレープフルーツの爽やかな香り、塩味、ほのかな苦味と香ばしさ、そして乳酸チックな風味。ポルチーニ ネグローニの後に飲んだこともあり、塩味のアクセントが印象的。長くゆっくり楽しむよりは、暑い日の一杯目にキュッと楽しみたいカクテルだ。
 
 
【より良い明日のために…】
一連を終え感じたのは、やはり「マスタークラス」と「バーテンダー テイクオーバー」を通じて本国のエスプリを日本で感じられる機会が提供されたことが貴重だということだ。コロナ禍を経て、海外への渡航も出来るようにはなったが、バカンスや長期休暇が取りにくい日本では、こうして海外から訪日して教えてもらう機会というのは大変貴重だと思う。
 
何も技術的な面のみを指しているのではない。振る舞いや哲学、カクテルへの向き合い方、サービスの仕方、組織の作り方や仕事に対する価値観など、多岐に渡って学ぶことができる。もっと言えば、「世界で評価される店にあって自分に足りないもの」を内省する機会としても重要な場でもあると感じる。
 
そして、そこに集い、学び感じたことを話し合い血肉に変えていく。関係の希薄化が進む今日、社会関係資本やコミュニティーといったもの、コモンズなどが重要視されてきている。そして、こうした研究は日本よりもイタリアはかなり進んでいる。デザイン・ディスコースのようなものは、特に日本の業界では形成が難しいとようではあるが、コロナ禍を経た今日非常に重要になっているのではないかと感じる。同様に、「アペリティーボ文化」は時間に追われる日本社会の消費者にとって、とても意味と示唆に富んだものだとも思っている。
 
今回の「マスタークラス」と「バーテンダー テイクオーバー」はその鱗片を感じさせてくれるものであった。もちろん、海外に倣えという事ではない。しかし、日本の酒類業界、ひいてはバー業界にとっても刺激的な機会であったのは間違いないと思う。願わくば、都市部だけでなく、今後観光産業のテコ入れが入るであろう各地域でも開催されることを願う。
 
【参考文献】
北條 正司, 能勢 晶, 水-エタノール混合溶媒中の水素結合性に及ぼす溶存成分の役割, 分析化学, 2008, 57 巻, 3 号, p. 171-181
井登 友一, デザイン・ディスコース概念の理論的考察による「意味のイノベーション」論の再解釈, デザイン科学研究, 2022, (1), 39-57


担当:小川

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