厳しい目を持つ女性のマーケットを大事にすれば店の格も上がっていく
島田 上杉さんがこれまで取り組んできた日本酒に関する活動について教えてください。
上杉 私は40 年近く日本酒の仕事をしてきましたが、メインの役割はマーケットそのものを創ることにありました。日本酒マーケットを創るにあたってポイントとなるのは、女性をターゲットにすることです。何軒か店を手掛けてきた私自身の経験から言えるのは、男性は自分が一番好きな店は隠れ家にしておきたいので人に教えませんが、女性は自分が気にいると恋人や家族を連れてきてくれるので、そこからマーケットが広がっていくのです。
また、男性は店に対して甘い。今日は少し味がおかしい、サービスが悪いと感じても、「こんな日もあるさ」と黙っています。反対に女性はとても厳しいと、百貨店で日本酒のテイスティングBAR を手掛けてみてつくづく思いました。毎日来店してくださる女性がその日の味が少し違っただけで店に直接言うことなく、百貨店のお客さま相談センターに駆け込むのです。男性のお客さまに対して手を抜くわけではありませんが、女性のお客さまを相手にする方が店に緊張感が生まれてよりよい雰囲気を維持できるのは確かです。酒の品質に厳しい女性マーケットを大事にすることで、自然と店の格も上がっていくのです。
女性マーケットをターゲットにするよう になったのはいつごろからですか
上杉 1986 年です。日本酒がほとんど男性のものだった時代に、女性をターゲットに店を始めました。私が最初に開業した店は甘味屋でした。1階が甘味屋、2階・3階が居酒屋というスタイルだったのですが、甘味屋のお客さまの大半を占めていた女性たちが居酒屋も気に入って、2・3階にも来てくださるようになりました。最終的には1階も昼は甘味屋、夜は居酒屋という業態に変わりました。
やがて女性っぽい雰囲気の居酒屋になり、飲んだ後に食べられるあんみつが人気を集めました。男性が女性を誘うとき「あの店だったら行くけど、他の店は嫌だ」となり、女性主導で店が選ばれるようになったのです。
ブルゴーニュで作ったブドウをボルドーでワインにしたら詐欺だ
上杉 女性マーケットを大事にするという方向性が決まりましたので、次に吟醸酒を飲みながらピアノの生演奏が聴ける店を創りました。
島田 大吟醸ブームがあったころですね。
上杉 「どうしてピアノなのか」と皆さまから批判も受けましたが、吟醸酒とピアノを組み合わせた店は他になかったこともあり、多くのお客さまに来店していただくことができました。
その後は赤坂の料亭、百貨店における日本酒のテイスティングBAR などを展開しながら、日本酒を使った女性マーケットを創っていきました。そこから日本地酒協同組合のイベントとして「郷酒フェスタ」をスタートさせて、女性だけに来場していただくスタイルを構築しました。
郷酒フェスタは2部構成で1部は女性のみ、2部は女性と女性が連れてきた男性のみが入場できる仕組みにしました。「女性ってこんなに日本酒を飲むんだ」と、酒蔵の皆さまが一番驚かれたと思います。このように日本酒には潜在的なマーケットがありますから、今後もさらに発掘していきたいと考えています。
島田 「郷酒」というコンセプトを上杉さんがマーケットに提示し、ブランディングしています。
上杉 「地元の米と水で、地元の人が造る日本酒」と定義して郷酒という言葉を打ち出し、ブランディングを図りました。明確に定義することで、海外のマーケットでも日本酒が理解されるのではないかと考えたのです。
私はフランスで半年ほど、日本酒に関する講演を毎月行なっていた時期があります。その際フランス人から「新潟の大吟醸を造るのに、どうして兵庫の米を使っているのか」と聞かれました。日本酒や米の文化を説明するのですが、彼らにはどうしても理解していただけませんでした。フランスの常識では「ブルゴーニュで作ったブドウを、ボルドーでワインにしたら詐欺だ」と。その経験から地産地消の発想に則って定義された郷酒を伝えることが、日本酒を世界に広めていくために必要だと痛感したのです。
地元の米でなくてもおいしい日本酒が造れるという文化は守るべきものだと思います。一方で日本酒独自の文化が世界のマーケットでわかりにくさをもたらしてしまっているのも事実です。
「わかりやすい」が、日本酒を広めていくためのキーワードになると私は思うのです。郷酒というコンセプトを推進することで、全体的にわかりやすいマーケットを生み出せると考えています。