1964 年に開催された日本万博博覧会(以下、万博)は「人類の進歩と調和」をテーマに掲げ、77 カ国が参加しました。
先人たちの絶え間ない努力、たくましい精神力により敗戦国日本は短期間で復興し、アメリカに次ぐ経済大国となりました。
日本国民の一致団結力は凄まじく他国にはない誇れるものであり、55年前に大阪で開催された万博はまさに日本の象徴的な意義を持つイベントだったのです。
万博から約55 年が経過する中で、テーマに掲げた「人類の進歩と調和」は実現できているのだろうかと考えると首をタテに振ることができないような気がします。
人類が進歩するということは果たしてどういうことなのか、調和とはどういうことなのか、政治経済や社会、日常生活をみても本当の意味での進歩や調和は滞っています。
確かに技術革新によるスマートフォンの発達やAI化は飛躍的に伸び、私たちの生活スタイルが変わりました。
しかし、この現象は人類ではなく技術の進歩にすぎず、人としての成長とは言えません。むしろ便利になりすぎて脳が退化してしまうのではという不安も感じます。
例えば以前は自宅に電話があり、街のいたるところには公衆電話がありました。電話を掛けるためにはダイアルを回して、またはプッシュしていましたので、必要な電話番号は自然に記憶されていました。
ところが今はわざわざ公衆電話を使わずとも、スマートフォンに登録した番号を見つけ出し、“通話する”を押せばいつでもどこでも電話をかけられる時代になりました。つまり、記憶するという脳の働きはある意味不要となりつつあるのです。
第63回
“風の人”山下裕乃の「THE SHARE」
第63回 1964 年から滞っている「人類の進歩と調和」 ~万博前に立てられたそびえ立つ部門間の壁~
【月刊HOTERES 2019年02月号】
2019年02月22日(金)