浅草で自分を表現すること
渡辺 僕自身、今までの経験を通して、何か自分のものを表現できたらなと思い、始めたのがこの店です、いつも言っていることですが、「料理はテロワール」です。だからアルザスになぜシュークルートがあるのか。
なんで南フランスにラタトゥーユがあるのか、そういったものを考えるのが好きです。油脂に関してもフランス国内ではラード、バター、オリーブ油、ガチョウ脂、と地方により分類されていてその土地の産物っていうのがすごくキーワードになるのかな、などと思い、この浅草の地域を見回していました。
そしたら200 年続く、どじょう屋さんが裏にあり、おそば屋さんもあり100 年続く七味唐辛子屋さんもあります。
そこで浅草って何? と考えたとき、江戸の食文化がキーワードとしてでてきました。それを生かし、僕自身が、30 年間学んできたフランス料理と融合させ、新しい何か自分の料理を作りたい。それをコンセプトにしようと思ったわけです。
中村 なるほど。それは素直な思いですね。料理の核になるものはやはり、その地域の風土抜きでは考えられないでしょう。だから渡辺さんのお店で初めて食べさせていただいたときに、浅草という地域を取り入れられていることが、すぐ分かり、感動しましたね。
渡辺 ありがとうございます。そこで僕が気をつけたいなと思うのは、フランスを忘れないという事です。フランスという国に料理を教えていただいたわけでありますし、御縁をいただいた場でもありますから、うちの入り口にフランス国旗が飾ってあるのは、フランス本国を一生リスペクトするという、僕の決意の現れです。
中村 それは至極当然なことだと思います。私も常にフランスに対して、尊敬と感謝の念を抱き続けています。日本の風土で、フランス料理を作る上で、フランス料理の基本となる、技術や知識もさることながら、フランス本国に対し、また、各地の風土へのリスペクトは最も大切で基本となることだと思います。
渡辺 ムッシュの仰る通りだと思います。そこをうまく融合させていきたい、というのが僕の考えで、極めて自然体な料理をやっているつもりなんですけど、最初の開業当初のころは、結構アレルギー反応示すお客さまがいて。
「シェフ何やってんの?!」「ロブションの料理をなんでやんないの?!」って苦言を伝えて帰る方もおられました。
でも僕はこれから自分の料理人生をかけて、この土地の風土と融合させた料理を作り、お客さまにはここの風景を見ながら召し上がっていただくつもりです。中村 そこにロブションさんの精神を融合させつつも、渡辺さん自身の個性をいかに確立していくかが、永遠の課題だと思います。
渡辺 はい、そう思います。あと、店の在り方というのは、カラーと個性だと思っています。あの場所に行って座ったら、あの人の料理が食べられる、例えばムッシュのパテアンクルートだったりとか、その料理人=料理というもがパッと浮かぶということは、すごく大事だと考えております。それぞれのグランシェフには、それぞれの偉大な料理が存在しております。
中村 そのことは、よくよく理解できます。そうした中で、今後渡辺さん自身のカラーを真っ白なお皿に、盛り付けていくことはすごくやりがいのあることで、ナベノイズムの今後に皆さんが、大きく期待していることだと思います。そこで、お聞きしたいのは、なぜ渡辺さんがこの浅草と、隅田川の辺りを選ばれたかということです。
渡辺 まず、この土地はすごく好きで、子供のときからよく両親につれてきていただいたのが浅草です。麦とろで食事させていただいたり、大黒屋さんで天麩羅をで食べたり、思い出の土地ということもあり、実は先代の辻静雄校長先生のお墓がすぐそばにあります。
中村 え、そうなんですか?
渡辺 はい、東本願寺に眠られております。そして僕は渡辺という姓で、渡るに水辺の辺です。水辺が関係していると言われており、今まで住んできた、働いてきた場所はなぜか水辺や海辺の店舗が多いんですよ。自然と引き寄せられたと言っているんですけれども。あと浅草は、東京の中で食文化が長く受け継がれてきた土地でもあります。この江戸食文化が花開いた場所で、30 年学んできたフランス料理を何か新しいことにチャレンジできたらと思い、ここを決めさせていただきました。それが過日中村ムッシュにお召し上がりいただいた料理です。
中村 分かるなあ…。お聞きしていると、一つのストーリーが納得できます。何かを成すとき、そこに至るプロセスと、テーマは必然です。
渡辺 そこでうちのテーマカラーは白、黒、オレンジです。オレンジ色は、私にとって、サンセットとサンライズの色、そして炎の色のイメージです。原始人が最初にした調理は火にかざすことだと思いますが、太陽はすべての食材を作ってくれ、人を生かしてくれています。白は何にでも染まるという意味があるので、私の料理に対する考えであり、黒は何にも染まらないという僕のスタイルを貫くという意思表示です。
中村 そこに物語がしっかり築かれていることでその店に生命が宿り、輝きが増してくることになります。また以前、厨房を見せていただきましたが、とてもコンパクトな中に、それぞれ立派な機器が備えられ、スタッフの無駄な動きがないように配置され、随分と考えて、設計されましたね。
渡辺 かなり考えました。僕がいて、料理長の岡部がいて、中堅の田島がいて、シェフパティシエの宮脇がいて…。家族的な雰囲気でみんな向かい合って仕事をしています。営業が始まったら僕はストーブの前に立つので背中を向けてしまうんですが。盛りつけのときにはみんながわっと集まってくるという面白い形になっています。
中村 厨房は料理人にとって戦場であり、互いの絆の場であり、自己研鑽の場でもあります。よくできた、無駄のない厨房だと思います。それに店に行ってすぐ厨房がお客さまの視界にワッと入ってくるところが、すでに厨房は一つの舞台になっていますね。
渡辺 ありがとうございます。あれだけのスペースをいかに効率よく、お客さまに料理をお届けしたいかということを考えました。僕はいつもスタッフに「大切な人であり、家族が座っていると思いなさい」。と言っています。それが一番大事なことかなって考えています。
中村 いよいよ最後になりますが、渡辺さんはこれから自分自身の歴史を作って行かれると思いますけど、その抱負をお聞かせください。
渡辺 この地に根をはって、ゆっくり表現させていただきたいという考えと、ナベノイズムにかかわった人たちが、よかったね、スタッフ全員がここで何かをやれたよねと、そういうふうな店作り、ナベノイズム道場として、門下生たちが成長し、胸を張って巣立っていけるような店作りをしたいと思います。
中村 いやあ、素晴らしいですね。今日は渡辺さんの今までのストーリーをお聞きして、すごく感動しました。
これからの物語もすごく楽しみです。私も折々に来させていただきます。今日は本当にありがとうございました。
日本ホテル株式会社
特別顧問統括名誉総料理長
中村 勝宏
Katsuhiro Nakamura
1944 年鹿児島県生まれ。高校卒業後、料理界に入る。70 年渡欧。チューリッヒの「ホテルアスコット」を皮切りに、以後14 年間にわたりフランス各地の名だたるレストランでプロの料理人として活躍する。79 年パリのレストラン「ル・ブールドネ」時代に、日本人としてはじめてミシュランの1 つ星を獲得。84 年に帰国。ホテルエドモント(現ホテルメトロポリタン エドモント)の開業とともにレストラン統括料理長となる。2003 年フランス共和国より農事功労章シュヴァリエ叙勲。08 年の北海道洞爺湖サミットでは、総料理長としてすべての料理を指揮統括する。10 年フランス共和国の農事功労章オフィシエ叙勲。13 年日本ホテル㈱取締役統括名誉総料理長に就任。15 年クルーズトレイン「TRAINSUITE(トランスイート)四季島」の料理監修。16 年フランス共和国農事功労章の最高位「コマンドゥール」を受章。2018 年日本ホテル株式会社 特別顧問統括名誉総料理長に就任。
渡辺 雄一郎
Yuichiro Watanabe
1967年生まれ。辻調理師専門学校・同校フランス校卒業後、1989年、東京「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」に勤務。1991年に渡仏し、フランスの1ツ星レストラン「ラ・テラス(シェ・アントナン)」にて魚料理部門シェフを勤める。1993年、ポールボキューズトーキョーの部門シェフを経験。1994年「タイユバン・ロブション」開業時に部門シェフとして厨房に入り、1996年にスー・シェフに就任。1998年より「タイユバン・ロブション カフェフランセ」のシェフに就任し、2000年、南フランス ヴァンスミシュラン2ツ星「ジャック マクシマン」や2004年、モナコ「ジョエル ロブションモンテカルロ」にて研修を積み腕を磨く。同年12月より、シャトーレストラン「ジョエル・ロブション」のエグゼクティブシェフに就任。2007年ミシュラン東京(2008)で3ツ星を獲得以降、2015年版まで9年間継続して3ツ星を獲得。2015年10月、21年間にわたり勤務したロブショングループシャトーレストランを勇退。2016年7月7日東京浅草駒形隅田川ほとりにて、「レストラン Nabeno-Ism ナベノ-イズム」を開業。2016年11月「東京カレンダー2016レストラン・オブ・ザ・イヤー」グランプリ受賞。2016年12月「ミシュランガイド東京 2017」1つ星を獲得。2016年12月「ゴ・エ・ミヨ2017」イノベーション賞を受賞。2017年2月「料理王国2017年シェフが選ぶベストシェフ」にて第一位を獲得、2017年11月「ミシュランガイド東京2018」一つ星を獲得「ゴ・エ・ミヨ2018」4トック17点、2018年フランスの「ラ リスト2018」で世界ベストレストラン1000軒に選出、11月「ミシュランガイド東京2019」二つ星を獲得、現在に至る。
対談後記
渡辺さんは常に王道を歩いてきた料理人である。尊敬すべきは何事もポジティブにとらえ、自身の努力で道を切り開いてきたことだ。
本来、技術の習得と研鑽は月日を重ねればできるものではなく、そこに向き合う真摯な姿勢と情熱いかんによるものである。対談を通じてそこの見事さを感じた。今後、浅草といういまだに江戸の歴史が息吹く地域と日本の風土を背景にいかにフランス料理を表現し、自己の個性を確立されてゆくかが楽しみである。そして渡辺さんには世界に通じる、日本を代表するグランシェフに成長してほしい。その資質を充分に備えているシェフである。