宿泊・サービス業界で働く方が理解し、把握しておくべき数字として、部屋の稼働率、ADRと呼ばれる平均部屋単価、加えて“一泊二食”を基本とする旅館の場合には、一人当たりの平均単価、等が重要となります。
自分が働く施設の部屋数と平均単価を理解すると、その施設のおおよその特性がわかります。部屋数が多くて平均部屋単価の高いシティホテルや、部屋数が少なく一人当たり単価の高い高級旅館であれば、単価を維持するためのブランド戦略が重要でしょうし、客室数が多くて平均部屋単価は中程度のホテル・旅館では稼働率をあげるためのイベントの企画や価格戦略が重要になる筈です。
また近隣の競合先とこうした数字を交換していれば、自施設の相対的な位置づけや、真の競合がどこであるかが見えてきます(=価格帯や部屋数、対象とする顧客層が異なれば、たとえ隣近所に位置していても、直接の競合とはなりません)。自施設の特性、真の競合先を正しく理解したうえで、それに則した最も効果的な戦略を立てることが重要です。
(資料編:チャート4「沖縄リゾートホテルのセグメンテーションマップ」の例)
宿泊・サービス業界の最大の商品特性は、売るものの数が決まっていること、だと言えます。
例えば、あなたがサッカースタジアムの近くでコンビニを経営しているとして、次の休日に日本代表の試合がそこで行われる予定になっていたら、平日の5倍~10倍のお弁当やお茶を仕入れて、販売機会を逃すまい、とするはずですし、逆に何もない平日、しかも天気予報は雨、だとしたら、仕入れの量を減らさないといけない、と考えるのが普通ではないでしょうか…。
つまりその日の需要予測に基づいて、仕入れる量を調整するのが、経営者にとっての常識と言えます。
ところが宿泊業界においては、それはできません。
100室のホテルであれば、地域でアイドルのコンサートがあったり、花火大会があったりで、どんなにたくさんの人たちがその地を訪れることがわかっていても、(最終的に)100室以上の部屋を売ることはできませんし、逆にまったくイベントがなく、ほとんど人は来ないと思われる日であっても、持っている100の部屋を売り切るよう努めなければなりません。
そのために用いるのが、レベニューマネージメントという手法です。
基本的な考え方は経済学の需要供給曲線と同じで、需要が多い日は値段を上げて売り上げの拡大を目指し、需要の少ない日は値段を下げて需要の取り込みを目指す、というものです。
このレベニューマネージメントの目的は、「 RevPARの極大化」です。
RevPAR( Revenue per Available Room =販売可能客室数あたりの売り上げ)というのは、冒頭にあげた2つの指標の積、平均部屋単価(ADR)X 稼働率 で算出されます。
つまり、どれだけ多くの部屋(稼働率)をどれだけ高く(ADR)売ることができたか、を示しています。
需要と供給の関係で言えば、値段を上げれば(下げれば)需要は減る(増える)ので、これを極大化する、というのは無理があるように感じられますが、この関係は毎日、日によって異なりますので、平日は値段を下げて稼働を上げ、週末は値段を上げて売り上げを増やす(ビジネス需要の多い地域の場合はその逆)、というような日々の需給に応じたオペレーションの積み重ねになります。
これをうまく行なうためには、過去の月別、曜日別の稼働率のデータが必要で、このデータに、近隣のイベントカレンダー(お祭りやコンサート、学会等のスケジュール)を加えて、日別の需給予測(需要が多く見込まれる日をHot=赤、少ないと予想される日をCold=青)をたて、それに応じて料金を決めていきます。
(資料編:チャート5)
日毎の料金決定をどのタイムングで行うか、ということですが、一般のシティホテル・ビジネスホテルの場合には最低3か月前(但し旅行代理店を通す場合は半年前)に、リゾートホテルや旅館の場合には6か月前までに、決めておく必要があります。
これは施設を利用されるお客様が、どのくらい前から予定を立てるか、ということとリンクしており、通常出張などの商用の予定については数週間前~数日前に予約が入るのに対して、レジャーなどの私用の予定はかなり早く、数か月前から予約が入る傾向にあるためです。
そしてこの予約が入るタイミングと料金設定の間には大事な関係があります。
(資料編:グラフ9)
別紙のグラフはブッキングカーブ、もしくはディマンドカーブと呼ばれるもので、縦軸に部屋の稼働率(%)、横軸に宿泊当日までの日数
(=リードタイム、右端90日前から左端当日まで)を示しており、「宿泊日の何日前の段階で、部屋はどのくらい埋まっているか」を示すものです。このグラフについて考えるべきことは2つで、ひとつはグラフの形状からわかる通り、宿泊日の数日前まで予約が伸びて部屋は埋まっていくものの、直前になるとキャンセルが発生して、稼働率が下げに転じる、ということです。
従って事前の予約で持っている部屋数(例えば100室)をすべて売り切ったとしても、それ以降の予約を「満室」として断ってしまうと、直近のキャンセル(例えば5室)によって、当日は5室の売れ残りを抱える(稼働率95%)ということになってしまいます。
ですから、当日100%の稼働を目指すためには、キャンセル分を考慮に入れた予約(=105室)を取っておかなければなりません。(グラフが直前で100%を上回っているのはこのためです。)
このキャンセルをどこまで見込むか、についても、過去のデータが極めて重要で、通常の平日、週末別に平均のキャンセル発生率を把握して、その分を上乗せして予約を取ることが重要です。
長年にわたってこうした仕事に携わってきた方の中には、経験に基づいた“勘”によって「これぐらい余分に取っておこう」とわかる方もいらっしゃるかもしれません。このような“プロの勘”を否定するものではありませんが、経験の浅い方はもちろん、それを習得するまでにどのくらいの経験が必要かを考えると、やはり過去のデータを分析して答えを得る方が、「(経験値に関わらず)誰でも勝てる確率」は高くなるはずです。
なお、キャンセルの発生率については、コンサートや学会などの特定のイベントがあったり、祝日の日並びなどの要素によっては、平均の数字と異なる(キャンセルが発生しにくくなる)場合がありますので、イベントカレンダー等で確認しておくことが必要です。
また、地域全体の需要動向を知るうえでも、価格のコントロールを行ううえでも、競合先の価格をチェックしておくことは必須です。
ただ、どんなにきちんとデータを集めていても、経験を積んでも、(その頻度を少なくしたり、誤差を少なくすることはできても、)“常に正しい予測を行う”ことは不可能で、結果としてのオーバーブックは起こりえます。その場合には、お客様に納得して頂ける様、自社よりも格上の宿泊先を確保したり、送迎を手配したり、コストがかかることにはなりますが、担当するレベニューマネージャーはそれを恐れてはいけませんし、何よりもその上司にあたる人が、それをとがめたり、叱責したりすることは、絶対に避けなければいけません。
なぜなら、オーバーブックを叱責された担当者は、次からは「オーバーブックをしない」ことを第一に考えて仕事をするようになるからです。
そうなれば、当然オーバーブックによる損害は発生しませんが、その分毎日売り残す部屋が発生することになり、年間を通せばこの分の“逸失利益”は、オーバーブックによる損害額をはるかに上回る数字になります。
例えば100室のホテルで、当日になっても予想していたよりも予約のキャンセルが入らず、2部屋のお客様に別のホテルにお泊り頂き、10万円の費用がかかったとします。これに懲りた担当者が、以降は予約が100室に達した段階でそれ以上の予約はお断りすることになれば、ほぼ満室が見込まれる週末に、毎週3~5室の売り残しが発生、週末の部屋単価を2万円とすると、2週間でオーバーブックの損害額(10万円)を上回る逸失利益(3室 X 2万円 X 2週=12万円)となってしまいます。
第Ⅳ章で詳しくお話ししますが、一部屋でも多く売るための努力が結果的に失敗したとしても、その失敗を問う(=減点評価)のではなく、チャレンジして稼働率を上げた(売り残し=“逸失利益”を減らした)成果の方を評価する(=加点評価)方が、担当者の意欲を高めるうえでも、より高い利益を上げるうえでも、大切なことだと考えます。
ブッキングカーブに関してもうひとつ考えるべきポイントは、「カーブをできるだけ早く立ち上げる」ということです。
先に述べた通り、シティホテルやリゾートホテルなど、形態の違いによって、予約から当日までのリードタイムに差はありますが、いずれの場合もできるだけ早い段階で稼働率を一定水準以上に引き上げておくことが大切です。一週間前になっても稼働率が50%程度しかなければ、部屋を埋めるために、値下げをしていかなければならなくなります。個人でもネットで簡単にルームレートを見ることができる現在、「間際になって値段が下がる」傾向が定着してしまうと、「このホテルはギリギリまで待った方が得」とみなされ、予約から当日までのリードタイムはどんどん短くなり、価格を下げ続ける「たたき売り」を余儀なくされるリスクがあります。その地域に来る予定の人が少ない、ということは、近隣の競合先も同様に「残室」を抱えていると想定され、こうした場合には当日まで、値下げ競争という最悪の徒労を強いられることになります。
これを避けるためには、できるだけ早く一定以上の稼働率を確保して、直前には値上げこそすれ、値下げは行わない方針を貫くことが理想です。
例えば2週間前までに70%、一週間前までに80%程度の稼働率があれば、後は自然体で直前に入る予約を、値段を上げてコントロールすることが可能です。
ではどうすれば早くブッキングカーブを立ち上げることができるでしょうか…。
これには広く旅行業界で用いられている「早割」制度が有効だと考えます。
ただし、これを実施するにあたっても過去のデータ、ブッキングカーブを参照して、何日前までの予約を何パーセント上げる為の施策とするか、そのための割引率と対象とする部屋数をどの程度に設定するか、実施後の最終的な平均部屋単価をいくらに想定するか、等をあらかじめきちんと設定しておく必要があります。
その上で割引を2段階に分け、例えば「早割30」(30日前までの予約)は目標部屋単価の20%引きで、部屋数の1/4程度を売る、というような設定を行い、その進捗状況に応じて、「早割15」(15日前までの予約)の設定部屋数、割引率を調整します。
なお、この早割を行なう際に重要なのは、①「申し込時点での全額カード決済」を割引の条件とすること、②最低限ネット・直販等、直接予約者に値段が見える媒体においては、早割を下回る料金の設定は行わないこと、の2点です。
①を行わないと、近隣の競合先が直前で集客の為の値下げ競争を行った場合、早割に申し込んだ顧客の乗り換え(=キャンセル)が発生することになり、早割を行う意味がなくなってしまいます。
②については、「早割を利用するのが最もお得」という顧客の期待を裏切るようなことがあれば、以降早割で予約を獲得することが難しくなってしまうためです。