宿泊・サービス業界で働く人たちの中には、「数字は苦手」という方が少なくないように思えます。
それでも、やはり数字は自社・自セクション、及び競合の実態を“客観的”に理解するうえで極めて重要な指標(物差し)であり、“主観的”な評価の代表である『口コミ』と同様に、定点観測を行い、その実像を頭にいれておくべきだと考えます。
また自分たちの売っている商品がどのような客観的特性を持っているのか、きちんと理解した上で、その特性に応じた商品の売り方を考えていく必要があります。
もうひとつ私が宿泊・サービス業界に来て驚いたことが、「売り上げ」についての数字的意識が薄いことでした。これは宿泊・サービス業界というよりも、ホテル・旅行などの観光業界の特性、と言った方が適切なのかもしれませんが、年間の組織目標についてさえ、当初は「売り上げ」ではなく「送客人数」という特殊な物差しで設定されていました。
旅行代理店もしくは営業マンが、各ホテルに年間何名のお客様を送ったか、という多寡を競うもので、マクロ経済学の“需要供給曲線”を持ち出すまでもなく、これは価格との相関の問題(=値段を安くすれば泊まりたい人は増える)ですから、これ自体は目標とするにはそぐわない数字であると、私は考えます。
年間の予算目標というのは、会社・ホテルとしてその年度にどれだけの利益をあげるか、ということを決める為の大切な指標であり、売り上げ・経費・利益の関係で算出する数字で、これらをきちんと頭の中で整理しておく必要があります。(人数は指標のひとつにはなりますが、利益とは直接は関係しません。)
宿泊・サービス業界の一般の方(経理財務部門以外の方)は、貸借対象表の知識が無くても大きな支障は無いと思いますが、この業界で一般的に用いられる“GOP”、つまり“売り上げ高”からかかった“経費(売上原価)”を引いた残りが“利益”(=GOP・売上総利益)、という基本的な収益の構造と、各々が属する組織・部門の概算数字(例えば、売り上げが10億、経費が7億、GOPが3億等)だけは、しっかりと頭に入れておくようにしましょう。
(資料編:チャート3)
この3つの数字がわかっていれば、利益を売上高で割ることで、その効率性(=売上高総利益率)が比較できます。同じ売り上げ高を上げていても、かけた経費の多寡によって利益の額が変わってくるのですから、経費を適切にコントロールすることが大切であることもわかる筈です。
企業・組織では如何にして売り上げを上げるか、が重要であることはもちろんで、それが大前提となりますが、それが難しいような時には、経費を削って利益を確保することも考えなければなりません。
売り上げを100万円増やすのと、経費を100万円減らすのとでは、後者の方が利益に対する貢献は大きいのです。(経費の100万円減は、そのまま利益に反映されますが、売り上げの100万円増は、それを売る為の経費(原価)がかかっている為、利益にはその分の原価を引いた差額分しか反映されない、からです。)ただ、経費を削る、というのがそう容易いものでない事は、皆さんが実体験を通して御存じの通りです。
そこで、この経費(原価)をさらに売り上げにともなって掛かる経費(=変動費)とそうでない経費(=固定費)に分けて考えましょう。
客室の清掃費用・シーツなどの洗濯代などは、部屋が売れなかった場合には掛からない費用ですし、レストランの食材費も基本的には変動費ですから、お客様が少ないと予想される日には仕入を減らして原価を削減することが必要です。
一方でホテルの備品や修繕費、電気や水道などの基本契約料金等は、顧客の多寡にかかわらず掛かる費用で、これは調整できません。この他、売り上げ原価には含まれません(販売費及び一般管理費として営業利益を出す段階で控除されます)が、ホテル・旅館の建物や付属設備、大型の備品などの減価償却費(建物を建てたり、テレビ・冷蔵庫を買った際にかかる高額な費用を、各々の耐用年数に応じて単年度分に分割して経費として計上する金額)も固定費で、宿泊・サービス業界では、通常この金額が大きなものになります。従って宿泊特化型(レストランや宴会を行わないビジネス型)のホテルでは、レストランや宴会機能のあるシティホテルよりも効率よくGOPが出るように見えますが、本来の利益を比べる場合には、減価償却費まで含めた営業利益を見る必要があります。また、人件費については、繁閑度合いに応じて手配する人数を増やしたり減らしたりできる、アルバイトなどの変動人件費と、それができない一般社員の固定人件費の両方を含んでいます。
ここで大切なのは、固定費は各々の現場で調整できる費用ではない『常にかかる費用』である一方、変動費については各現場に於いて繁忙の度合いに応じて『調整すべき費用』で、この調整の巧拙によって、利益が左右される、ということです。同じ宴会キャプテンでも、担当する宴会の出席者数や進行表を見て、出退勤時間の指示や人数管理に於いて、アルバイトの使い方が非常に効率的でうまい人と、ほとんど何も考えずに型どおり一定の人数と時間を指示する人がいますが、それぞれの宴会の単価(一人いくら)と出席人数は決まっているのですから、この人件費管理の巧拙が料飲の原価管理と共に、ひとつの宴会の収益を左右することになります。繁閑に応じた適切なアルバイトの出勤管理や食材の仕入れなど、個々の現場で行っている各々の業務が、全体の利益に直結していることを理解し、適切な管理ができる人材(=付加価値のある人)になれる様、心掛けて頂きたいと思います。
固定費は売り上げの多寡にかかわらず『常にかかる費用』ですから、この額が大き過ぎると利益は出難くなります。固定費と変動費を足した総費用と売り上げの関係をグラフで示すと、利益と損失の境目となる売り上げ高のポイント(=損益分岐点)があります。
(資料編:グラフ8)
例えばあなたが、「自分の目の届く範囲で、部屋数の少ない隠れ家的な旅館を経営したい」という“将来の夢”を持っているとします。土地を買って建物を建てて備品を揃えて、等の初期投資の費用は、会計上は所定の耐用年数で割って複数年度に分けて計上する減価償却費となりますが、部屋数が少ないとはいえ旅館であれば、朝夕の料理をつくる調理人やそれをサービスする人、部屋の掃除やメンテナンスを行うスタッフも必要で、こうした最低限のスタッフの給料や基本の水道光熱費も固定費です。
一方でこれをカバーするだけの売り上げを考えると、部屋数が少ないため、売り上げに対する経費の割合が高過ぎる(=損益分岐点が高過ぎる)ということになってしまいます。従って部屋数の少ない旅館では単価を高く(売上高を上げないと)固定費をカバーできず、経営が成り立たない、ということになります。これが部屋数の少ない隠れ家的な旅館は、客単価の高い高級旅館か、人を雇わずに家族だけですべてを行うペンション的な経営か、のどちらかでしか成り立たない理由です。
“夢”を現実にするためも、最低限の数字とその仕組みを理解しておくことが必要です。
損益分岐点の考え方は、個別の商品にもあてはまります。
(資料編:スライド5)
和食レストランで提供している3,000円のうな重を例にとって考えると、費用の合計2,400円を引いた600円、売り上げの20%が利益、ということになっています。この2,400円が損益分岐点ですから、これを上回る値段で売ればその分がすべて利益になるのですが、2,400円を下回る値段で売れば赤字になります。
「3,000円はやや高くて手を出しにくいイメージがあるので、販売数をあげる為に少し値段を下げて売りたい」と考えて、200円値段を下げて2,800円とした場合、当然ながら必要な経費の方は変わりませんから、値下げをした200円分丸々利益が減ることになり、利益率は大幅に低下(20%→14%)します。
3,000円で1日に20人前が売れていた場合の利益は、一つ当たりの利益600円X販売個数20個の12,000円ですから、2,800円でそれと同じ利益(=12,000円)をあげる為には、1.5倍の30人前(=12,000÷400)を売らなければならず、当然それ以上の個数を売らなければ値下げをした意味はありませんから、「値下げ戦略は失敗」ということになります。
価格を販売戦略として使うに際しては、きちんと収益構造を理解したうえで、その効果と結果を考えて行わなければなりません。
商品の価格設定は決して“勘”や「このぐらい…」といった“感覚”などの「感性」で行うべきものではなく、数字の裏付けをともなった「理性」で行うべきものであると、理解して頂きたいと思います。