シェフのnao(写真左)とソムリエの本橋氏(写真右)。「JULIA」は、才能と才能が出会い、互いにリスペクトし得ることで生み出せる可能性を体現したレストランだといえる
これまで長らく‟男性中心”といわれてきたガストロノミー業界だが、昨今、女性シェフの活躍が目覚ましく増えている。そんな中、本年度の‟the BEST CHEF”に選出されたシェフのnaoが、パートナーである本橋健一郎氏と共に率いる「JULIA」がこの度、恵比寿から神宮前に移転後1周年を迎えた。同賞の受賞もこの節目のタイミングと重なり、進化を続ける「JULIA」に華を添える形となった。
同店のユニークな特徴は、まず本橋氏が選んだワインが物語の起点となり、そのワインに合わせてnaoが料理を想起しメニューを構成していく点だ。ちなみにnaoは、飲食店におけるPR職の経験はあったものの、調理という領域においてはまったくの未経験から同店のシェフに就任したという。こちらもまたユニークな経歴ということで、料理人への転身となったきっかけについて伺ってみたところ、
「沖縄のリゾートホテルの立ち上げプロジェクトに参画した際に、プロジェクトリーダーをしていた本橋と出会いました。その際に触れた本橋のサービスは、とても人間味があり、嘘がなく、お客さまを敬いながら距離感を保ち、親しみがある上にユーモアがある、さらに所作はスピーディーで美しい。私にとって、本橋の‟サービスマンたるサービス”を体感したことは、接客という言葉では表現しきれない、‟本物のサービス”に触れた感動的な経験だったんです。その感動が、彼のサービスを一人でも多くのお客さまに体感していただきたい...という思いにつながり、私から本橋に『独立しよう』と提案しました。その結果、お店を立ち上げることになったのですが、はてさて、料理人はどうしよう? ということになり、それであれば私が!ということで、プロとしては全くの未経験ではありましたが、本橋のレシピを再現するところから私の料理人としての人生がスタートしました」
との回答が返ってきた。
近年鮨の世界では、いわゆる‟修行”を経ずに評価を得る職人”が増えているが、naoはフレンチの分野においてもそのような人材が輩出される可能性を証明したといえ、日本のガストロノミー業界に新風が吹いているのを感じる。
店舗2階内観。同店では、1階でアペリティフを楽しみ、2階のメインダイニングへと移動し、ワインと料理を楽しむ。個人宅の居間をイメージさせる1階とは打って変わり、クールでモノトーンな内装が料理をアート作品のように引き立てる空間になっている
そんな同店にとって、‟ワインセレクト”はアイデンティティともいえる、魅力を象徴する存在だ。そこで本橋氏に、ワインセレクトにおいて大切にしている点について伺ってみた。
「恵比寿から現在の店舗に移転する期間に、ご縁がありNYの一つ星店である『GRAMERCY TAVERN』でnaoが修行する機会をいただき、私も共に渡米しました。その際、同店のトップソムリエと弊店のワインリストの話になり、日本産ワインをどのくらい扱っているのか? という問いかけがあったんです。当時、実は日本産ワインを1本も扱っておらず、また私自身、国産ワインに馴染みがなかったんです。その際に彼から、『なぜ?自分の故郷のワインを大切にすべきだ」と言われたことが頭から離れず、そこから改めて日本産ワインに着目しました。すると、日本産のワインにはワイン大国のものに負けない物があるだけでなく、日本ならではの味わいのものがあるなど、美味しさだけでなく、ポテンシャルの高さを再認識することとなり、もっと世界に発信すべきだという強い思いを抱きました。そこから、日本人ソムリエとして、もっと日本のワインを積極的に紹介していこうと日本ワインのペアリングコースの実装につながった次第です」。
同店は既に、ミシュランのセレクティッドレストランにも選出された人気店だ。筆者的には、‟教えたいけど、教えたくない”と思わせるジレンマに満ちた、魅力的な店舗でもある。その上でなぜ弊連載で取り上げるのか? といえば、彼らが提案するガストロノミーが、日本が世界に発信すべき‟食の魅力”のスタイルを、クールに、そしてファッショナブルに表現しているからだ。
ワインのみならず、‟国産”を中心に厳選された食材で‟口福”を提案する「JULIA」。
最後に、彼らが「JULIA」の未来に何を描いているのか? について伺ってみたところ、
「本当の意味での‟restaurant”を作りたいと思っています。私たちが思う”restaurant”は、‟心休まる場所であり、美味しいものに溢れている場所であり、大切な仲間達が愛する場所であり、世界中の方々とつながれる場所であり、そして、帰ってきたくなる場所“として定義しており、且つそうあるべきだと考えています。それを目指し続けるのが『JULIA』であるということを、これからも表現していきたいと考えています」
との回答が返ってきた。
彼らの今後に大いに期待する。そしてぜひ、同店に足を運んでもらいたい。
「JULIA」
HP:http://www.juliahospitalitygroup.com/
担当:毛利愼 ✉mohri@ohtapub.co.jp