2000年代に週刊ホテルレストランで編集委員を務めた、株式会社ミヤマコンサルティンググループ 代表取締役の深山敏郎氏。深山氏は中小企業診断士でありながら、国内ホテルや自動車メーカーなどの人材育成コンサルティングにも携わる。現在はTSA(東京声優・国際アカデミー)国際コミュニケーション学科常勤講師(異文化)など、複数の専門学校や大学でも非常勤講師を務めている。
深山氏は実績や未来ある若者を通して感じている、
1:ホテル・レストランの危機管理の現状と課題、対処法(例)
2:ホテル・レストランのオペレーション・スタンダードの必要性と具体策(例)
3:ホテル・レストランの人材定着の鍵(スタッフ、チーム、組織の「レジリエンス」を高める)
を踏まえて、ホテル業界関係者との対話をもとに、ホテル業界発展のために連載をお届けする。
今回の連載も3話構成となっており、今回第3話をお届けする。取材にあたっては、同ホテル総支配人 藤崎斉氏、副総支配人マーケティング&セールス 八木千登世氏、宿泊支配人及び総支配人室 室長 大谷潤氏の3名に長時間のインタビューにお付き合いいただいた。また、写真はマーケティング&コミュニケーションズ 広報マネージャー 秋保貴子氏にご提供いただいた。
前回は同ホテルのブランドストーリーについて詳しく述べてきた。今回は同ホテルのもう一つのブランドストーリー、そして筆者の考える同ホテルの課題についてご説明する。
東京ステーションホテルの、もう一つのブランドストーリー
同ホテルのブランドストーリーは数々ある。前回は人物本位の採用と個性を重んじた登用について述べた。今回はもう一つのブランドストーリーを述べる。
藤崎氏は、ホテル経営を長期・中期・短期のバランスを取りながら行うことを心がけていると力説する。ホテルをめぐる外部要因はさまざまである。例えば新型コロナウィルスによる影響、その一応の終息に伴うインバウンド需要の増加などここ数年、ホテル経営をめぐっては大きな環境変化が重なった。
しかし、100年余の伝統を守りつつ、今後100年続くホテル経営をしていくためには、外部要因以前に「そもそも何をしたいのか」を深く検討することが必要であるという。そのための同ホテルのKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)は「よかったよ、また来るよ」であると言い切る。つまり同ホテルにとってはゲスト満足が最上位の指標であり、長期的な繁栄につながると考えている。一般的にホテル業界ではKPIとして稼働率、ADR、RevPARなどを用いることが多い。しかし同ホテルでは「利益はゲスト満足の結果であり、最終的にもたらされるもの」と明確に規定している。同ホテルが数々のブランドストーリーを大切にする根拠もここにある。
新型コロナウィルスで一般的に東京都内のホテル需要が低迷する中で、安易な価格競争はせず、しかも一定以上の稼働率を保ってきたという。そして終息後も安易な値上げをせずに海外ゲストと国内の法人・個人のリピーターゲストとのポートフォリオを一定に保った上でレベニュー、そして高いゲスト満足を維持してきたという。
新しいブランドストーリー創りは若手の勉強会TSHトレーナーズ
宿泊総支配人及び総支配人室 室長の大谷氏によると、これから100年間ゲストから愛され続けるホテルづくりのために、スタッフの勉強会があるとのこと。TSH(東京ステーションホテル)トレーナーズという組織であり、現在は4名で構成されている。
昨年度、TSHトレーナーズの面々が総支配人の藤崎氏にインタビューをして、同ホテルのブランドをめぐるさまざまな背景や想いなどを動画にしたそうだ。この動画をテーマごとに分割して、トレーニングに活かしていく方針であるという。今年度からこの動画を「TSHカレッジ」としてスタッフの教育において活用しているとのこと。
同ホテルスタッフの学習の機会は、大きくホテルビジネスを学ぶという場と、同ホテルの哲学・思想を深く考える場があり、このビデオは哲学・思想を深く理解するために使われるとのことである。
ブランドストーリーを支えるオペレーションの特徴
ブランドストーリーを支えるオペレーションを語る時の大谷氏の言葉も、ブランドを語る時同様に熱い。全館・全職場に共通するコンプライアンスや危機管理などのオペレーションは一律であるものの、その他のオペレーションに関しては各職場単位で構築しており、必要に応じてアップデートが繰り返される。
オペレーション・マニュアルは、各職場の仕事を覚えるための基本的なものがあり、一本立ちするために役立っている。適宜改訂しているとのこと。
オペレーションやオペレーション・マニュアルを変更するのは、ゲストの声が基準であるという。「お客様はどうお考えになり、何を求めていらっしゃるのかでオペレーションを変更している」とのこと。宿泊支配人の大谷氏によると、エレベーターの位置を今までライトの色を変えてお知らせしていたものを、色の識別が苦手なゲストのために、エレベーター前にタッセルを掲示して改善したという。ゲストの声によってすぐに変更した具体例である。
また、大谷氏によるとミスを防ぐためにチェック回数を無意味に増やすといったことはしていないという。もし何らかの改善事項があれば、なぜそういうことが起こったかを調べ、その原因を除去することに集中しているとのこと。非常に合理的である。
筆者の考える同ホテルの課題
筆者からみて同ホテルの今後を占うための重要な課題は以下3点に整理される。
1.真にクオリティの高い人材をどういう仕組みで採用するか
採用難の中で、どれだけ同ホテルの魅力を幅広く伝えられるか。
2.ゲスト満足を長期的に維持できる仕組みは何か
現在の仕組みに加えて、流動するゲストニーズにどのような人材が、どう継続的にお答えするか。
3.100年後までをどうブレークダウンして伝えていくか
長期の考え、思想の重要さをどのように中期的・短期的なことがらに翻訳して具体的に伝えていくか。次世代以降の総支配人、支配人をどのように育成していくか。いや、自ら育ってもらえるか。
以上はいずれも仕組みを伴うものであると考えられる。それらの仕組みが出来、適切に運営された時に、多くのホテルが同ホテルをロールモデルとするであろう。
東京ステーションホテル
100年以上の歴史を誇り国内外のお客さまに愛された名門ホテル。ヨーロピアンクラシックを基調とした洗練された空間のなか、記憶に残るひとときをお過ごしいただけます。
受賞歴
・「コンデナスト・トラベラー リーダーズ・チョイス・アワード 2024」日本のトップホテル部門にて3位に選出
・フォーブス・トラベルガイド「ホテル部門」にて2016年から9年連続4つ星獲得 など多数
・Small Luxury Hotels of the World™「SLH Awards 2020」にて「INVITED Hotel of the Year」 を受賞
住所:〒100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1
電話:03-5220-1111
客室数:150室
開業日:1915年11月2日 (リニューアルオープン 2012年10月3日)
オフィシャルウェブサイト:https://www.tokyostationhotel.jp/
運営会社:日本ホテル株式会社
設立:1981(昭和56)年11月26日
以上、同ホテルWebより引用