2023年4月20日(木)に、ザ・リッツ・カールトン東京で第7回目となる『バーテンダー テイクオーバー』が開催された。今回は青森県八戸にある「SHADOW BAR」の岡沼弘泰氏をゲストとして迎えた。
岡沼氏は「バカルディ レガシー カクテル コンペティション2019」の日本大会にて代表の座を勝ち取り、同年に開催された世界大会においてもトップ8入りを果たしている。今回のイベントでは、その2019年大会で披露されたカクテルを含む4種類が提供されたので、それぞれレポートしたい。
スピリッツとしてのラムの可能性
ラムは生産される土地の文化や消費される文脈にも個性があり、他のスピリッツ同様、カクテルのベースとして長く愛されている。その一方で、例えばジンのクラフト化に伴う高付加価値化のように、高付加価値化は他のスピリッツに比べて遅れを取っている。
「バカルディ レガシー カクテル コンペティション」には、次世代の定番となるラムベースのカクテルを見つけ出すという意図がある。ベースという域を超えたカクテルが生み出されることにより、消費を促すことが可能となる。
以前にカクテルコンペにおける出場の利点を書いたことがあるが、消費を考えるには流通の視点が欠かせない。さらに言えば、どのようなコミュニケーションを取っていくのかという視点も必要になる。出場が終点ではなく、通過点として「いかに市場を創っていくか」へと視座を高くすることが求められる。
そうした意味で、ラムは先程触れたように、高付加価値化にもまだ余地が多く残されている。毎年、年始に予想されるトレンドでもラムは触れられることが多い。ユーザーイノベーション的な視点で言えば、日々ラムを活用するバーの現場から新しいトレンドが生まれることも考えられる。
今回岡沼氏が提供したカクテルには、そうした活性化に繋がるヒントが多く散りばめられていた。それぞれのカクテルを以下で順に紹介していきたい。
Highball Stepper
バカルディ クアトロをベースに、フルーティーな味わいとキャラメルの香ばしさを加えた、ワンランク上のハイボール。
材料:バカルディ クアトロ、アプリコット、ソルテッドキャラメル、トニックウォーター、オレンジピール
オレンジの香りが豊かだが、口に含むと柑橘の爽やかな香りとは裏腹に、ダイレクトにラムの香りとコク、香ばしさが広がる。その後にキャラメルの香りが口いっぱいに広がり、余韻に近づくにつれて塩気とオレンジの香りが控えめに出てくる。オレンジだけでは単調だが、アプリコットが加わることで、似たニュアンスが重なり奥行きを感じる。
このカクテルの面白いところは、飲むスピードと量によって表情を変える点にあると感じる。オレンジのピールと液量との比率が変化することで、柑橘のニュアンスが大きく変化する。一口目は、口いっぱいに広がるキャラメル感、半分ほどになると、少しクラフトコーラにも似たラムと柑橘のバランスが心地よい。少なくなると柑橘が強くなりオランジェットのような印象がある。
塩のアクセントも程よく、ラムのコク、キャラメルの甘さ、塩とのコントラスト、柑橘の香りと酸味、トニックのシュワシュワと1つ1つが他の要素と関係性を持ちながら一体感を生み出している。
塩キャラメルやオランジェットという身近なものを想起させてくれながら、ラムならではの香ばしさとコクがそこに加わることで、グッと全体がリフトアップされる。液量によって柑橘の出方が異なるのもよく、飲んでいて飽きない工夫がされている。
Second Bite Of The Apple
バカルディ スペリオールにジンのハーバル感を加え、青々と広がる青森の山や森、大地をイメージしたカクテル。
材料:バカルディ スペリオール、ボンベイ・サファイア、ベルモット、グリーンアップル、グレープフルーツ、レモン、シャルトリューズ
岡沼氏は青森を拠点にしており、その青森を想起させてくれるのがこのカクテルだ。青森と言えば太宰治だが、このカクテルには林檎が使われていること、緑のようなハーバルさ、グリーンさがあることから島崎藤村の「まだあげ初めし前髪の」と初恋の冒頭が浮かんできた。
マーケティングの世界でも、ブランディング以外の訴求方法として、場所・歴史・人々との繋がりが効果的であるという報告がされている。キロメトロゼロやテリトーリオといったローカルにおける文化や空間人類学のような視点が注目されている今日、地元の魅力をバーテンダーの個性で昇華させることで新たな資源としての活用が期待できる。
このカクテルにはラムとジンの2種類が使われている。香りには、グリーンアップルの明るさのあるフルーティーな香りと爽やかさを演出するシトラスの香りを感じ、次第にシダのような植物を思わせるボタニカルの雰囲気が出てくる。この辺りは、ジンだけでなくシャルトリューズの影響もあるのかもしれない。他にも、メロンや抹茶に似たニュアンスを感じる。
氷が多く使われており、ジューシーさも相俟って飲みやすさがある。香りよりも柑橘のような酸味でキュッと締まった味わいになっている。ラムの少し焦げたようなシロップ感がグリーンアップルにキャンディっぽいニュアンスを与えている。余韻にグレープフルーツ由来の苦味がほんのりと感じられる。
香りの印象で藤村の初恋を挙げたが、飲んでみると、ラムとグリーンアップル、そしてジンとシャルトリューズ、ベルモットというボタニカルの印象からバレエのジゼルがふと頭を過った。明るさや親しみやすさに潜む、森林を思わせるミステリアスさが印象深い。ジンベースのみでは、ボタニカルの印象が強くなりすぎてしまうだろう。ラムによるキャンディっぽさと香ばしさが全体を良い方向へと導いていると感じた。中々調整が難しそうなカクテルだが、青森をベースにされている岡沼氏ならではの感覚によるものかも知れない。
EVOLVER
「バカルディ レガシー カクテル コンペティション2019」日本大会優勝、世界大会ベスト8に選出されたカクテル。<昨日の自分を超える>をコンセプトに、“エボルバー=進化する人"と名付けられたカクテル。
材料:バカルディ スペリオール、マルティーニビター、ベルベットファレナム、レモン、アブサン、オレンジピール
人生にまつわる格言や名言は多くある。酸いも甘いもという表現があるが、このカクテルは前に進む原動力とは何かを考えさせてくれる奥深さが魅力だ。
香りと味わいは実に複雑。中々つかみどころを見せてくれない。レモンピールやオレンジピールといった柑橘のニュアンスに、ハーブのニュアンス、ピンクグレープフルーツのような印象も受ける。徐々にビターな香りが顔を見せ、ほんのりと意外性のあるアブサンの香りが立ち、燻ぶる様なスモーキーなニュアンスへと変化していく。バランスも非常に繊細だ。少し氷で緩んだ方がベースの存在感は出るが、ハーバルさが抑え目になり、シトラスがより利いてくる。
この“エボルバー=進化する人"を自分はどう捉えたらよいのか。
成長には挑戦が欠かせないが、いつも挑戦が成功するとは限らない。時に苦い思いをすることもある。しかし、その苦難を超えた先に「新しい自分」がある。ビターズや燻ぶる印象のスモーキーさはそうした苦難や先行きの不安を表現し、それを乗り越えるための「活力」として、ジンジャーやスパイスのようなニュアンスに、溌溂とした柑橘が背中を押してくれる。そういう解釈はどうだろうか。内省というか、自分にとっての刷新とは何かを考えさせてくれる哲学的な1杯で、個人的にはアブサンの使い方が秀逸だと感じた。
Daiquiri So Serious
8年熟成のバカルディエイトをベースにすることでダイキリをシンプルにアップグレードさせた1杯。
材料:バカルディ エイト、タンジェリン、アガベシロップ、ライム、チョコレートビター
冒頭で高付加価値化の話をしたが、その一つの答えとしてこのカクテルを捉えることができる。つまり、クラフトジンを用いたジントニックを提案するように、ラムベースのカクテルをどのようにして刷新していくかという一つのソリューションとして考えるということだ。
ただ、シンプルに上級のものを使うのではなく、そこには工夫がある。一つがアガベシロップを使用している点だ。これはベクトルで考えると理解が早い。
ラムの原料は、大雑把に言えばサトウキビだ。従って、サトウキビ由来のシロップを用いても、スペクトルに広がりが出ない。ベクトルとしての向きが似ているからだ。そこで、アガベの出番だ。アガベはテキーラの原料としてしられており、アガベシロップはサトウキビとは違った風味を持ち、かつ、ショ糖よりも果糖が豊富なシロップだ。違うベクトルのものを使用することで、表現の幅が大きく広がる。
コクとなめらかさが大きく変化しており、通常のダイキリよりも濃密な印象を受ける。アガベ由来の風味が合わさり、よりサトウキビ感(キビの皮のニュアンス)が出ている点が非常に面白い。また、アーシーさも加わることでどっしりとした重心の低い味わいになっている。
アップグレードの良さは情報量が増えることで、より複雑さと表現力が生まれることにある。そこに、違うベクトルを加えることで、ラムが持つ違った一面を引き出している。加えられたチョコと一緒に楽しむことで、ダイキリでありながら、ダイキリとは違う体験をすることができる。
「いかに市場を創っていくか」
冒頭でも触れたが、現場でのひらめきや発想が、新しいうねりとなってトレンドを創ることは多くある。そう考えると、日々考案されるカクテルというのは、業界にとっても非常に貴重なものである。
その時に必要なのが、流通の視点だ。流通とは「生産と消費をつなぐもの」である。特にラムは、歴史的にも砂糖という人類の発展の中でも重要な調味料と密接に係わりがある。歴史を紐解き、ラム自体の流通がどのように行われて今のラムの市場が出来て来たのか。そして、今後その市場をどのように拓かせていくのか。
そこには、たんにカクテルを創るというだけでなく、そのカクテルを通じて「何をするのか」「どのようなコミュニケーションをとるのか」、「いかに市場を創っていくのか」という大局観も必要であるように感じる。今回の岡沼氏のカクテルには、そうしたことを考えるヒントが多く散りばめられていたように感じる。青森に行く機会があれば、是非、岡沼氏のバーを訪ねてみたい。
【ザ・リッツ・カールトン東京 「ザ・バー」について】
有数の眺望を誇るザ・リッツ・カールトン東京の「ザ・バー」は、日本のバーテンダーが代々受け継いできた“工の技”と、格式あるホテルの高層階に位置する“ザ・バーならではのラグジュアリーな空間”、そして“ザ・リッツ・カールトンのおもてなしの心”を融合させることで、唯一無二の『優雅』の精神を提供している。2023年6月初旬より、日本各地の季節の最高級食材と組み合わせることで、他では決して味わうことのできない6種類のラグジュアリーな新作メニューが提供予定されている。
営業時間
月~木:17:00~23:00 (L.O. Food 22:00 / Beverage 22:30)
金・祝前日:17:00~24:00 (L.O. Food 22:00 / Beverage 23:30)
土:12:00~24:00 (L.O. Food 22:00 / Beverage 23:30)
日:12:00~23:00 (L.O. Food 22:00 / Beverage 22:30)
※営業時間は予告なく変更となる場合がございます。
ザ・リッツ・カールトン東京 「ザ・バー」
https://bar.ritzcarltontokyo.com/
【参考文献】
Eichinger, I., Schreier, M., & van Osselaer, S. M. J. (2022). Connecting to Place, People, and Past: How Products Make Us Feel Grounded. Journal of Marketing, 86(4), 1–16.
木村純子・陣内秀信(2022)『イタリアのテリトーリオ戦略: 甦る都市と農村の交流』白桃書房
担当:小川