宿泊産業の競争が激化し、ゲストのニーズが多様化しているいま、ホテルの マーケティングに求められている戦略のひとつは、とんがりをつくることである。とんがりで差別化し、そのとんがりに関心のあるゲストが集まる。本連載では、そんなコンセプトが際立ったホテルや宿泊施設を厳選して紹介し、それを支える秘訣を紐解いていく。担当するのは、立教大学観光学部で宿泊ビジネスを学ぶ学生。学生のピュアな目に、日本のホテルはどう映り、どう表現されるのか。
取材・執筆/立教大学観光学部3年 朝迫早紀、山口紗奈 監修/宿屋大学 代表 近藤寛和
人と人が繋がることで価値が生まれるホテル
『山形庄内の魅力を体感する、田んぼに浮かぶホテル』
自然の恵みで満たされた山形庄内で、水田風景を望みながら原風景を臨みながら自然体で過ごすことをコンセプトとしたショウナイホテルスイデンテラス 。2018年にオープンしたこのホテルはどのようにして生まれ、どこへ向かおうとしているのか、今野総支配人に話を伺った。
「水田風景を望みながら自然体で過ごす」。このコンセプトは、どのような経緯から生まれたのか、まずはここからお聞かせください。
正直に申し上げますと、ホテルのコンセプトもちょっとずつ変化していて、今後変わる可能性もあります。しかし、山形庄内の長所は圧倒的に「自然」なんです。弊社代表の山中も、「自然を生かした形でホテルを作りたい」という思いがありました。そういう理由もあり、木の魅力を広げる建築が得意であり、ユニークな造形デザインをする坂 茂さんに設計を依頼しました。ですので、やはりどんなにコンセプトが変化しても「自然」を感じるホテルという部分は大事にしなくてはいけないものだと思いますね。水田に浮かんでいる外観は唯一無二ではないでしょうか。窓から見える景色が一面水田という点や、庄内産の自然の食べ物とか、庄内が育んだ美味しい食材をホテルで提供できるのは、自然があってこそだと思います。
まちづくり会社であるヤマガタデザインがこのようなホテルを作ろうとしたのはどうしてなのでしょうか。
「まちづくりをするためにどういった手段が必要か」を考えたとき、「人を呼び込むツール」と、「地域の子供達に対して還元できる仕組み」の二つが上がりました。そして、人を呼び込むためのツールが「ホテル」、地域の子供達に還元できるシステムが「キッズドームソライ」という構想になったのです。
ヤマガタデザインの哲学やスタンスは、利益を目的としていません。「お金は手段であって目的ではない」というのが社員の共通する考え方です。同様に、「ホテルも手段であって目的ではない」のです。消滅してしまう可能性があるまちに、外の人は誰も投資しようとはしません。だから地域のまちをつくるためであれば地域の人たちが自らリスクをとって、そこに投資するしかない。今自分たち大人ができることは、次世代の子供たちに何を残すかを考えることであり、そのために動くべきだと考えています。
宿泊者と地元客が交流する場所として
まちづくりをしていくなかで、ホテルは今後どのようにして地域と繋がっていきますか。そして、どのようなホテルを目指していくのですか。
定期的にイベントも開催しています。地元のコーヒー屋さんを集めてコーヒーイベントを開いたり、外部からミュージシャンを呼んでレストランで音楽イベントをやったりしています。そうやって地元の方々もホテルに来て楽しんでいただける、そんな場所を目指しています。理想的には地元の方や宿泊者がスイデンテラスのなかで交流しあえる形を作っていきたいですね。山形庄内にどれだけ人を呼び込められるかが最大の目的。ディスティネーションホテルとして機能をするホテルとして成立させる。そのために必要なのが、「どこまで地元素材を使っていかに表現できるか」となります。山形庄内の玄関口になって、ここを目的に来た人が帰るときには山形庄内のファンになって帰る。それはうちのホテルのファンじゃなくてもいい。うちに泊まらなくても、また庄内に来てもらえるようになって欲しいです。
人と人との同じ思いの中で生まれるシナジーを最大化
スイデンテラスにとってコンセプトを支える要素となるのは何ですか。
ズバリ、人です。スタッフやお客さんや地元の方々だと思います。地方は特にそうです。
集う人たちがみんなで協力しあっていけるかがカギになるのではないでしょうか。人と人との同じ思いの中で生まれるシナジーを最大化して地域に発信していくのが重要だと考えています。ヤマガタデザインだけが儲かるのでない。利益ではない繋がりを支える何かがその根底にあるはずです。利益じゃない繋がり、未来に何かを残すために立ち上がった会社なので、その理念に共感することで繋がっていますね。
最後に、今野支配人にとってホテルをやることの魅力とはなんでしょうか。
僕にとって非日常を与えられるのはホテル業ならではの魅力です。ホテル業っていろんな業態の複合体なんです。ここで学んだことはどこでも応用できる。そういった意味では複雑で難しいからこそやりがいがあって、お客様に非日常を提供できる。ホテルは日常のワンシーンではなく日常そのものを取り扱っている。だからこそ、スイデンテラスに庄内の食事やいろんな物が集約していて、それらを集約しているから人と人が繋がって共感のネットワークができる。ホテルを通じて庄内の暮らしそのものをデザインして、「庄内ライフスタイルホテル」を作っていきたいです。庄内らしい「晴耕雨読な暮らし」をここで表現していきたいですね。
今野総支配人