宿泊産業の競争が激化し、ゲストのニーズが多様化しているいま、ホテルのマーケティングに求められている戦略は、とんがりをつくることである。とんがりで差別化し、そのとんがりに関心のあるゲストが集まる。本連載では、そんなコンセプトが際立ったホテルや宿泊施設を厳選して紹介し、それを支える秘訣を紐解いていく。担当するのは、立教大学観光学部で宿泊ビジネスを学ぶ学生たち。学生のピュアな目に、日本のホテルはどう映り、どう表現されるのか。
●取材・執筆/立教大学観光学部4年 竹原陸 監修/宿屋大学 代表 近藤寛和
『Live and Let live―自分を生かし、他人を活かせよ。』人々が集い、お互いを活かしながら新しい文化を生み出していく場所として再定義されたビジネスホテル『DDD HOTEL』。その革新的なコンセプトはどのような発想から生み出されたのか。1年以上に及ぶ構想を経てDDD HOTELを立ち上げたオーナー、武田悠太氏に話を伺った。
自分を生かし、他人を活かすというコンセプトは、どのような経緯から生まれたのですか?
世の中のあらゆるライフスタイルホテルは、「あるコンセプトをゲストに体験させる」という明確な目的をもって作られています。例えば「本を読むライフスタイルがかっこいい」となれば、本をホテルの中に沢山置き、ゆっくり読書できるような環境を整えてみるなど。もちろんそのようなホテルもあっていいのですが、私が作りたかったのはむしろ逆に皆がそれぞれやりたいことをやりながらごく自然に一緒に居ることができる環境でした。何かが良いと言い切ることと、それぞれが思う良さが共存していることは本質的に違う。何かにつけ競争ばかりになってしまう社会の中で、そのような包容力のある場所が必要だと感じたんです。
それぞれが思う良さが適切な距離感で共存する。その哲学をホテルというハードに落とし込むのにはかなり苦労があったのではないですか? そのための工夫を教えてください。
私はこのホテルを「コレクティブホテル」だと言っているのですが、それは『Live and Let live』というコンセプトを実装するためのホテルの形態のことです。これは、様々なファシリティが一つのホテルに集っていることを指します。このホテルの中にはオーセンティックなフレンチキッチン、少しやんちゃなストリートアーティストによるギャラリー、バリスタが淹れる本格的なカフェなど少し趣の異なるファシリティがありますが、例えばフレンチとストリートアートって一見対照的なものに見えますよね。でも少し考えれば分かることで、現代の都会の人は、フレンチを食べた次の日に全然関係ないストリートアートを見にいくことだってあるじゃないですか。私はジャンルを問わず自分が好きなものを楽しむという姿勢が今の都会の生き方として自然だと思っているので、このホテルでも異質なものを共存させるようにしています。
さらに、ただ施設を作るだけでなく、そこにクリエイターがちゃんと居ることが大切です。アートホテルをやれば儲かりますが、そこにはアートがあるだけでアーティストはいません。ホテルのレストランは著名なシェフのレシピを使っているかもしれませんが、そこにレシピを作ったシェフはいません。しかしDDD HOTELには、アートギャラリーに毎日のようにアーティストがいるし、レストランという形態に拘らず自由に活動できる場所としてキッチンを用意しているので、ミシュラン2つ星を獲得したシェフをはじめ様々なシェフがそこで活動しています。実際に人間がいることによって、これまで出会うことのなかった人々が出会い、化学反応を起こして違うライフスタイルが作り出されるんです。私はホテルという場所を活かして人を集めているんですよ。
クリエイティブな人々が集い日々進化して行くホテル。そんなホテルの中で、スタッフの接客などソフト面で意識していることはありますか?
接客のスタイルは、お客様にかしずくというよりは親切な隣人のようなあり方を目指しています。接客の細かな作法より、スタッフが楽しく生き生きと働いていることがホテルの接客を高いクオリティに保つ上で何より大切だと考えています。
さらに、接客以前に自分自身の価値を上げて欲しい、といつも伝えています。自らに教養をつけ話していて面白い人間になれば、その価値に伴って自分がするサービスにどんどん付加価値がついていきます。だから、サービスマン以前に人としてどうあるかということが本当に大切なんです。
最後に、このような革新的なコンセプトをもってホテルを運営されている武田さんにとって、ホテルの魅力とは何でしょうか?
コンサルタント業界に長く居たり、家業の問屋を運営したりする中で様々な業態を渡り歩いてきましたが、その経験から確実に言えることは、ホテルはあらゆる業態の中で最も多角的に人間について考えられる業態だということです。おもてなしなどは、レストランやブティックなど、あらゆる分野に求められるものであり、別に特筆した強みではありません。しかし、ホテルは日常のワンシーンを切り取った業態ではなく日常そのものを扱っているので、人間のライフスタイルにあらゆる角度から迫ることができる。ホテルの本質的な強みと面白さは本当にそこなんですよ。今は色々なコンセプトのホテルが生まれてきていますが、ホテルという業態が、全方位的にあらゆるライフスタイルと組み合わせられるポテンシャルを持っているからこそできることだと思います。保守本流のホテル業界の方々には、これまで培ってきたホテル運営の知見を活かしつつ、その強みを見つめ直して新たな展開を考えて欲しいと思っています。