日本酒のテロワールは「味わい」「香り」の4象限だけでは説明できないことがある
島田 ワインのように、日本酒でもテロワールを価値として訴求する方法はあるのでしょうか。
竹久 1990年代にある専門家の団体が実施した研究のレポートを読ませていただいたのですが、そこには専門家による4象限のチャートがありました。
「味わい」と「香り」をそれぞれ4方向に分類して数値化する試みです。日本酒を造っている地域ごとに平均値を取ることで、各地域内で一定の形になるはずだという仮説を立てたのです。そしてその形を日本酒のテロワールと名付けようと考えたわけです。何年もかけて大研究を行なったのですが、結果として有意な差は見られませんでした。
私が達した結論は、この4象限だけでは説明できないことがテロワールにはたくさんあるということです。それこそ「物語」や「地域の歴史」といった要素も加える必要があるのではないか。私は地域に酒の特性があるわけではなく、酒が地域の特性を反映するのがテロワールだと考えています。そのような定義をしていかない限り、日本酒のテロワールはいつまでたっても語ることができないままになってしまうでしょう。
島田 「Kura Master」で入賞した「問天」は、日本酒の背景にある物語を伝えながらパリのマーケットに打って出ました。
竹久 文化の発信拠点から始めなければうまくいかないと思ったのです。「問天」をパリに持っていったとき、皆さまから言われました。「フランスのマーケットは小さいのだから、マーケットの大きな中国やアメリカに行くべきだ」と。それは間違いだと私は思います。中国もニューヨークも、パリで何がはやっているのかを見ているのです。
日本食と日本酒のペアリングに取り組んでいく方向性には、限界があると私は思っています。そもそも日本料理には「料理と酒を合わせる」という発想が伝統的にないからです。基本的に日本酒は料理の味をじゃましてはならない。ところが「問天」「問世」シリーズの酒は余韻が長いので、料理とのマリアージュがとても要求される日本酒と言えます。パリのレストランに問天の酒を4種類持ち込んで、「この酒に合わせた料理を4皿選んでください。そして選んだ料理に合わせたワインをグラスで1杯ずつください」という無茶なお願いをしてみました。この試みで「問天の酒のライバルになるワインが、どのようなワインなのか」が見えてくるのです。勝ち負けではなく、この料理はワインによってここが強調されるけれども、日本酒だとこういうふうに変わるという面白さが楽しめるのです。
島田 とても勉強になりました。