■はじめに
これまで、公私にわたって自身が利用してきた「ホテル」でのエピソードを評価・分析し、読者にとって共通の気づきを伝えてきた連載『サービスとは永遠に未完成 ~常に変革と改善を~』が第50 回にて一度終了した。新連載では、各セクションのマネージャーに向けて、部下やスタッフの育成に落とし込める事例集となるべく構成する。
第1 回は、大住 力氏のキャリアの礎となったディズニーランドのフィロソフィーを解説する。
■ Case Study 1
ディズニーランドは1955 年、米国カリフォルニア州に誕生しました。今となっては日本でも、テーマパークという言葉は当たり前になりましたが、当時の米国でも、まだ遊園地と呼ばれている時代でした。当時の遊園地は、①子どもがアトラクションに乗って喜んでいる姿を、引率する大人はかたわらで見ているだけの正直、退屈な場所、②いつ行っても、同じ乗り物があって、変化のない場所、③ごみが散乱していて、トイレなども汚い場所、などと評されているのが一般的でした。
事実、ディズニーランドを創ったウォルト・ディズニー氏も妻のリリアンにその構想を相談したところ、“ あんな汚い場所を創ろうなんて、考えられない” と猛反対をされた、という話もあります。
しかし、ウォルト・ディズニー氏は、その現実をどのように変革し、現在のテーマパーク、ディズニーランドを創ったのでしょうか。ディズニーランドのお客さま(ゲスト)の約6 割は、子どもではなく、大人が占めています。遊園地と同じように子どもを引率する大人の姿も目にしますが、カップルや大人だけのグループなども目立ちます。また、リピーターゲスト(再来園客)が、全体の98.6%と、そのほとんどが何度も訪れるようになっています。しかも遊園地はどこも汚いといったイメージや、トイレは汚く、暗いという印象も強くありましたが、ディズニーランドの園内は、常に赤ちゃんが地面でハイハイしていても安心できるくらいきれいだというイメージが持たれるように変化していました。
ウォルト・ディズニー氏は、ディズニーランドというテーマパークを誕生させるに際し、いくつもの方策を実施し、変革を起こしましたが、以下のポイントも大きな効果を発揮したと思います。
- 大人にも喜んでもらえる場にするため、その要素を“ 対面対話(コミュニケーション)” に置きました。それまでは遊具(乗り物、ライド)を目当てに子どもたちがやって来ましたが、ディズニーランドでは乗り物(アトラクション)も設置しましたが、それだけではなく、ゲストとの対面対話(コミュニケーション)に重きを置き、それを“ マジカル・チャンス” と称し、積極的にゲストに対して声を掛けるように教育、指示しました。いらっしゃいませ、と声を掛けるのではなく、こんにちは、と話しかけ、カメラを構えていたら、写真でも撮りましょうか? と声を掛け、また、ガイドブックなどを見て、あちらこちらをキョロキョロと探しているゲストを見かければ、どこかお探しですか? と声を掛けるようにする。それが、ディズニー氏の考えでした。その結果、大人のゲストたちは、そのフレンドリーな対応と、その場の出来事が、モノではなく、コト(=忘れられない体験)として残るようにと教育、指示しました。
② 次に、ゲストにそれらの声を掛ける役として、カストーディアルと呼ばれる、いわば清掃担当のスタッフを大勢配置して、その場を意図的に設定しました。一般的にディズニーランドの清掃担当は、各エリアで大勢配置され、一生懸命にちりとりとほうきを持って、掃き掃除をしているように見られます。しかし、彼らの行動を細かく追ってみると、そのほとんどの行動は、ゲストへの声掛けや対話になっているのです。つまり、ディズニー氏は意図的に、彼らを大勢配置して、ゲストとの“ マジカル・チャンス” を創出すべく、設定していました。実際に、彼ら全員が集めるごみの総量は、すべてのごみの量の十分の一にもおよびません。
- 園内には通常、延べ300 人程度の清掃スタッフが動き回っています。園内の説明や案内、写真サービスに、あいさつとさまざまなゲストとのできごとを創出するために動いています。しかし、それ以外の時間は、もちろん、清掃作業を行なっています。ゲストとの一番近い存在でありながら、具体的な作業は、清掃作業を行なっています。懸命に動き、懸命に手や足を動かし、そして、ゲストに笑顔で話しかけてくる身近なスタッフが、清掃を行なっているのです。だからこそ、ゲストは、その彼らの前では、決して、ポイ捨てなどできなくなり、園内に約700 個配置されているごみ箱へ自分自身で、ごみを捨てに行くようになっていくのです。
このような結果、ディズニーランドは、従来の遊園地とは大きく異なり、大人自身も喜びにあふれ、園内も清潔でキレイな環境が整い、そしていつ行っても、スタッフとの対話によって忘れられない体験や思い出が起こる、場となっていきました。
■ point
ここで、ウォルト・ディズニー氏が遊園地からテーマパークへと変革を行なった事例を参考に、そのポイントを整理したいと思います。
- お客さまに一番、不満足に思われている箇所に、目を向けてみましょう
遊園地のワースト1 は、“ 汚い” というイメージでした。そのため、まずはそのイメージの一新でした。現場に課題は、どこにでも山積しています。どこから手を付けていけば良いのか、分らないときもあるでしょう。なぜなら、現場というものは、日々、変化し、日々、いろいろなことが発生するからです。しかしながら、その現場で一番、手を打たなくてはならないことは、“ 嫌がっていることは、やらないようにする” という、きわめて単純で、明快な基準です。読者の皆さまの現場は、いかがでしょうか?
- 現在のサービスで、まだ喜んでいないお客さまに、目を向けてみましょう
あなたの現場に、いま、目の前に来られているにもかかわらず、まだ正直、喜ばれていないお客さまは、いませんか? 属性や形態によっても、お客さまの喜びは、異なってきます。もう一度、現場のサービスやシーンを思い浮かべて、徹底的にお客さまの喜びを分析してみてください。必ずやその中に、まだ喜ばせていないお客さまがいるはずです。
③ スタッフの可能性の拡張や成長に、目を向けてみましょう
清掃スタッフは、清掃だけが作業なのでしょうか? 乗り物担当のスタッフは、乗り物を動かすだけが、その作業なのでしょうか? もう一度、何ができ、何かをしてみては?とその域を拡張してみてください。もっと現場を俯瞰して、広く現場を見極めてください。
大住 力(おおすみ・りき)
ソコリキ教育研究所 所長
公益社団法人「難病の子どもとその家族へ夢を」代表
東京ディズニーランドなどを管理・運営する㈱オリエンタルランドで約20 年間、人材教育やプロジェクトの立ち上げ、運営、マネジメントに携わる。退社後、「ソコリキ教育研究所」(研修・講演・コンサルティング)を設立し、前職での経験を生かして、人材育成プログラムを企業などに展開している
info@sokoriki.jp