その場所に集まってくる
人間たちも含めて
ホテルのデザインである
続いて「日本のホテルデザインへの提言」をテーマに、澤山氏と村上によるトークセッションに入った。ホテルは海外投資家にとって重要で、投資の可能性が高いものである。その中で日本のホテルが、デザイン的にもフィロソフィーとしても魅力的なものを提示するために、どのようなファクターを構築していけばいいのかについて議論が交わされた。
日本を訪れるインバウンドは、デザインの中に日本的な美を求めている。その上で澤山氏は「ホテルのデザインは、都市のデザインの習熟度を象徴している」とした。
「世界中の人々がロンドンのディスティネーションホテルを訪れているという事実からも、東京にもそういったホテルが必要だと考えています」
また、「ACE ホテルデザインは万能か?」というテーマにおいては、「真似事は滑稽」という意見が添えられた。アートスタイルホテルを象徴するACE ホテルはロンドンでも流行したが、それ以降ロンドンの街にはレストラン、カフェなどこぞって“ACE ホテル風”の施設が乱立するようになり、人々に飽きられるという結果を招いてしまった。
それを踏まえて澤山氏は「日本を旅する人々の多くは、ロンドンやニューヨークを訪れたこともあるでしょう。海外で一度ブームが去ったものを、日本においてこれからスタートさせるのは非常に危険だと思います」と述べた。
それに対して村上は「注目すべきはACE ホテルのゲストミックスだと思います」と意見を述べた。「その場所に集まってくる人間も含めて、ホテルのデザインだと思うのです。特にACE ホテルの雰囲気は、その空間に寄ってくるゲストの存在感によって醸し出されている部分が大きいと感じます」
早朝など人がいない時間帯にACE ホテルを訪れると、まったくACE ホテルには見えないという。ホテル空間にどのようなプレーヤーがいるのか、そこでどのようなソサエティーが形成されているのか、それがなければホテルのデザインは完成形まで辿り着けないということになるだろう。
「ACE ホテルがマーケットに入ってくることで、その地にデザインの新しい風を吹き込んでくれる。それは非常に価値のある、素晴らしいことだと思います」と澤山氏は言う。
「ただし『だから日本でも同じことをやればいい』というのでは、話がまったく違ってきてしまいます」
人類が成し得た最も尊い偉業は
アートの領域にあるという
ポリシーを持つ
「わびさびだけが日本の美意識なのか?」というテーマについて、澤山氏は「日本から発信されるデザインは往々にしてわびさびを切り取った系統が多くなります」と述べた。
「ただ歴史的に見ると、日本にはわびさびがある一方で絢爛豪華な美も存在します。1つの文化の中に対極に位置する2つの美があって、緊張感を持ちながら継承されてきたのです。どちらか一方だけを取り上げて『これが日本だ』という態度には違和感を覚えます」
西洋人はわびさびよりも蒔絵に代表される絢爛豪華な日本の美に憧れを抱いているという。そこに向けて華やかな美を再現することで、日本の伝統工芸品をホテル空間で活かすことのできる場面も増えていくだろう。
「日本人のデザインに対する意識が低いのは、日本の戦後教育に原因がある」という問題提起もなされた。もともと日本は歴史的に素晴らしい装飾芸術文化があり、それへの憧れが幕末期から欧州でジャポニズム礼賛ムーブメントを巻き起こした。しかし明治時代には廃仏毀釈があり、さらに戦後の高度成長期には、家がGDP 創出の旗手として平準化された短命な工業製品と化した。その中でアートや美に囲まれる心豊かな暮らしを追求する教育がなおざりにされ、行き場をなくした伝統工芸も衰退の憂き目にあった。
ロンドンでの生活を通じて澤山氏が実感したことの一つに、アートに対するイギリス人の意識の高さがあるという。「イギリス人たちは、人類が成し得た最も尊い偉業はアートの領域にあると考えています。装飾芸術、建築、クラシック音楽など、人類が文化としてこれまで育んできたものこそが最も重要で、これらに革新を加え未来につなげていかなければならない。その明快なスタンダードやポリシーに従って、あらゆる行動がなされている気がするのです」
だからこそイギリス人は古い住宅、古い工法を守り、古いアートを大切にする。そしてその価値を教育の中で子どもたちに伝えていく。その結果、家の中にアンティークが残り、何十ものアートが置かれることになる。アートに囲まれていることがいかに豊かで幸せなことかを具現化しているのである。この意識を日本人も持つことで、デザインの重要性は再認識されていくのではないだろうか。
「必ず成功するホテルリノベーションPART11」刊行記念シンポジウム
日本のホテルの「進化と変化」をテーマにデザインとアートの側面から未来を語り合う
【月刊HOTERES 2019年01月号】
2019年01月25日(金)