―総料理長が常に何か新しいことに挑戦している姿は次世代に夢と希望を与えます。しかしながら、現実的には率先して料理人を目指そうという若者の数は減少しており、特にホテルの厨房においては料理のジャンルを問わず、人手不足問題を抱えています。
渡邉 生活環境が急速に変化する中で、かつてのようなやり方では次世代をになう若者はついていけないことを認め、職場環境改善に取り組まなければならないときがきたのです。長時間労働やまだ踏襲されている教え方を見直し、成長と夢、希望が持てる道筋を作り上げていかなければならないと思います。特にホテルにおいてはフランス料理に限らず、日本料理(和食)や中国料理、パティシエなどジャンルの異なるプロが、それぞれの囲いの中で働いています。職場環境改善に対する厳しい目が向けられる前はそれぞれの持ち回りで完結していれば良かった。しかし、人手不足も重なる中で、これまでかたくなに守っていた囲いは効率的な労働という意味においては不要なものと化しています。そこで働き方改革の一環として分厚い壁に覆われた囲いを外した「マルチジョブ化」に着手したのです。
―マルチジョブ化に対する抵抗はかなりあったのではありませんか。
渡邉 特に昔ながらのスタイルを踏襲している和食スタッフにとっては、和洋中が協業することに対してかなりの抵抗がありました。この抵抗感を和らげていくためにまずは洋食で実施しました。洋食の厨房内でもそれぞれが各自のポジションを守り、その業務だけをこなせばいいという意識が根強かったのですが、担当のポジション替えをしたり、パティシエも含めて宴会や婚礼の流れの中で、多忙な部門のヘルプに行かせるようにしたのです。
担当部署を入れ替えすることで、新たな知識や技術を習得しなければなりません。自然な流れで自身ができることが増え、自信にもつながります。またこれまで傍目で見ていたことに対して“ 実はすごいことをやっていたんだ”と関心も高まりますし、お互いにリスペクトするようになります。意識的にメニューもどんどん変えることでますます知識と技術を習得することができるようになります。このようにしてまずは洋食の厨房改革を実践させることで、日本料理、中国料理の厨房スタッフの意識改革へと浸透させていきました。日本料理スタッフもしばらくの間は宴会料理で自分の担当が終わればそれでいいというようなあしき慣習がまだ見受けられましたが、今では自分の仕事が終わったらほかの部門のヘルプをするようになりました。和洋中の囲いを取り除くことは簡単なことではありませんが、単なる効率化ではない価値をここが自覚することができたことにより、マルチタスク化が実現できたのだと思います。
仔羊のロティ 舟形マッシュルームと蔵王サファイアなす