コンセプトを支える三つの要素
『バーに泊まれるホテル』という斬新で明確なコンセプトを崩さずに運営していくために、同ホテルではさまざまな工夫をしている。ホテルが真に大切にしたいこととは何かを見極め、その思いやスタンスを崩さないことが、お客さまに共感していただく秘訣である。ここでは、同ホテルが大事にしている三つのポイントを紹介する。
コンセプトを支える工夫の数々
バー以外にも、ここ箱根香山には、お客さまのナイトライフを充実させるためのさまざまな工夫がなされている。
大浴場は2 カ所完備されており、チェックイン後やチェックアウト前に、箱根の大自然を一望しながら疲れを癒やすことができる。
また、館内着は2種類あり、浴衣タイプはもちろん、バーの雰囲気になじむよう、洋服タイプの館内着も用意されている。
チェックイン時刻は18 時からと、通常より遅めの時間帯になっている。また、夕食は提供せず、お客さまには食事を別の場所でとってきていただくことを基本としている。
遅めのチェックインに合わせ、チェックアウト時刻も14 時としている。ゆっくりとした朝を迎えられるように、朝食は9 ~ 12 時にお越しいただき、ガレットを中心としたシャンパンブランチをさまざまなアラカルトと共に楽しむことができる。
同ホテルでは、コンセプトをブラさない工夫をふんだんにちりばめているが、そのうち最も大切となる三つの要素を挙げてみたい。
1. 夕食を出さない
夕食を提供することは一人当たりの単価を上げるチャンスになる。しかし同ホテルでは、本格的な夕食は一切提供していない。なぜなら、バーホテルはあくまでもホテルではなくバーとして作られているからである。そのオーセンティックな雰囲気を、安易な高単価狙いで崩してしまうようなことは行なわない。
しかし、ラグジュアリーなホテルで夕食を出さないことに戸惑うゲストも多いだろう。そういった場合のために、バーホテルでは、必ず宿泊日前にゲストに連絡を入れるようにしている。そこでお客さまのホテル利用のストーリーを聞き出し、可能な限り、レストランの予約や、夕食を済ませた場所からの送迎など、不便がないように対応している。これらの工夫によって、とがったコンセプトとお客さまが抱くイメージが違うことによって発生してしまう「負の期待不一致」を未然に防いでいる。また、電話での連絡は、当日のトラブルを避けるだけでなく、お客さまの心理的な障壁を下げる役割も果たしている。
2. バーでしかなしえない提供価値
同ホテルのバーは、時間の制約がないため、時間がとてもゆっくり流れているように感じられる。そういった場では、パートナーや仲間とだけでなく、バーテンダーと会話する時間も余裕を持って長く取ることができる。
バーテンダーは、会話の中で、お客さまの思いを汲み取って形にするスキルを高次元に体得している。そのスキルと想いをもって、お客さまにとっての最高の一杯を見つけ出すのがバーテンダーの使命である。そういった意味で、バーテンダーにとっても、そのコミュニケーションスキルを存分に生かせるここ以上の舞台はなかなかないだろう。
さらに、バーホテルのスタッフ全体が、ゲストと自然体でコミュニケーションをしている。丁寧という仮面を被りすぎず、気品がありながら、温かい気持ちを素直にお客さまに伝えてくれる。
そういったスタッフとバーホテルのコンセプトが織りなす雰囲気は、バーがただお酒を楽しむだけの場所ではなく、語らいを楽しむ場であることを実感させてくれる。
3. ホテルだけでなく、ほかのバーとの差別化を
バーと言えば、きれいにドレスアップして臨むイメージを想起する方が多いだろう。確かに緊張感とともに味わう一杯も趣深いが、このバーホテルの一杯は、それとはまた違った心持ちをお客さまに抱かせる。
バーホテルでは、チェックインしたお客さまのほとんどが、まず温泉に浸かりに行く。お客さまは、温泉でさっぱりとしたあと、館内着か浴衣をまとって、リラックスした状態でバーへ向かう。リゾートホテルに近い感覚だが、向かう先は、普段ドレスアップしなければ入れないような本格的なバーである。
館内着と浴衣という2 種類を用意しているのは、せっかくホテルに着いてほぐれた気持ちをまた凝り固まらせないようにという気遣いである。
ホテルに泊まる際に私たちが求める大事な要素は、「安心感」である。そのホッとした感覚と、オーセンティックなバーの雰囲気をほどよく味わうことができるのが、このバーホテルの醍醐味である。もちろんホテルとしても一級であり、設計も運営もホテルのプロフェッショナルを感じるが、バーとして見ても、ほかにはない安心感を強みとしていることが分かる。普段本格的なバーに入るのは気が引けるような人でも、温泉上がりのさわやかなカクテルを一杯味わえば、たちまちこのバーホテルのとりこになるに違いない。