さまざまな料理人がいる中で、一人一人が持つ苦悩と挑戦の数々の物語がある。ホテル・レストランの総料理長が食の業界や若手の料理人に向けて伝えたいことは何か。これまでの長い経験の中で、どのようなことに悩み、どのようなことを考え、どのようにチームを創り上げてきたのか。インタビューを通じて後継者育成に向けた取り組み、マネジメント手法などを探るシリーズ「料理人の教育論」を隔週連載でお届けする。
岡竹正和(おかたけ・まさかず)
1984 年から数々のホテルのメインダイニングで研鑽を積み、2016 年オリエンタルホテル広島総料理長に就任。ホテルの料理に関する総合プロデューサー役を務めている。フランス料理を素地とした料理を均整の取れたコースに仕立てることを得意とし、旬の食材を活かしたおいしさを届けている。
若手、中堅、シェフ候補、
三つの層とそれぞれの基本
―本題に入る前に、まずは岡竹総料理長のキャリアについて簡単に伺えますか。
22 歳に料理人としてのキャリアをスタートさせ、それからホテルの規模に関わらず場所を変えながら、多くの開業に携わってきました。専門はフレンチで、特にソース作りを得意としています。キャリアの中では一つの分野に固執することなくいろいろな経験を積み、当ホテルでは総料理長という立場を任されています。常に現場第一という考えを持ち、後進の指導においてもその影響が色濃くでていると思います。
―それでは教育の部分のお話をお聞かせください。
部下の育成は若手、中堅、シェフ候補と、三つの層に区切り、それぞれの層で必要だと考える基本を身に付けてもらうよう、日ごろから接しています。
たとえば若手の基本であれば、仕事を行なううえで大前提必要とされる調理技術や料理の知識の習得になります。これがなければ日々の仕事もままならず、成長やキャリアどころの話ではありません。次のステップである中堅は、料理に対するオリジナリティの磨き方です。レギュラーのオーダーに加え、イレギュラーなリクエストの対応を任せることで、自分で考え、創作する力が養われます。オリジナリティの欠如した料理は誰かが考案したレシピの模倣に過ぎず、模倣されただけの料理には作り手としての愛情や情熱がこもりません。ステップアップのみならず、息の長い料理人であるために、大切な部分です。そしてシェフ候補の人たちには、メニューの書き方などを指導していきます。基本ができたうえでこのレベルまでくると、その料理人が料理を通じて表現したいものが見えてくるので、その中でメニューの構成やバランスは適正か、さらにマネジメントの観点も交え、コストの面からみても範囲内であるかといった具合です。
― 一つ一つステップアップしたうえで、指導が行なわれるような印象ですね。
調理の世界において「今日これだけやったから、明日はこんな素晴らしいものができる」というようなことはありません。目標を持ち、そこに到達するためには、根気よく仕事に向き合い続けるしかなく、毎日の積み重ねが何より大切です。さらに私の経験からくるものですが、3 日間以上現場を離れると技術や味覚が鈍くなるような感があります。そこでバケーションなど数日間の連休明けのスタッフについては、お客さまに提供する料理を作る前に何か作らせ、私自ら味を確認するようにしています。仮に少し違うなと感じた際は、「ベストな状態との差はどの程度か、どのあたりを加減するべきか」といったことを伝えます。―総料理長自ら確認されるのですね。
お互いに時間を使うことですし、料理を作ってもらうのでコストもかかります。「そこまで・・」と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、ホテルという多くの顧客を持つ環境において調理部を預かる立場だからこそ、そこまでやる必要と価値があると考えています。