さまざまな料理人がいる中で、一人一人が持つ苦悩と挑戦の数々の物語がある。ホテル・レストランの総料理長が食の業界や若手の料理人に向けて伝えたいことは何か。これまでの長い経験の中で、どのようなことに悩み、どのようなことを考え、どのようにチームを創り上げてきたのか。インタビューを通じて後継者育成に向けた取り組み、マネジメント手法などを探るシリーズ「料理人の教育論」を隔週連載でお届けする。
石田敏晴(いしだ・としはる)
1964 年2 月生 新潟県南魚沼市出身。82 年品川プリンスホテル入社。プリンスホテル料理コンクール優勝を経験。イタリアンレストランの料理長・宴会料理長を務める。
2008 年軽井沢プリンスホテル宴会・レストランを総括した料理長を務め、10 年ザ・プリンス さくらタワー東京、グランドプリンスホテル高輪、新高輪の食堂調理料理長へ。
12 年グランドプリンスホテル広島総料理長に就任し、現在に至る。
ホテルマンとしての出発点は「レストランサービス」という経歴を持ち、のちに料理に魅せられ料理人の世界を志す。「料理は五感で楽しむもの」素材と素材、味と味の『融合』を大切にし、オリジナルのアレンジを加え料理を表現する
若き力の躍動。知識の外にあるリスク
―教育についてお話いただくにあたり、現在の職場環境を伺えますか。
当ホテルにおける調理部の要員体制は、社員の50% 以上が20 代の若いスタッフという特徴があり、現場では若さからくる勢いや熱意のようなものが、調理部全体によい影響をもたらしていると感じています。加えて広島を訪れる国内外のお客さまの増加を受け、ホテルを取り巻く環境が日々変化しており、若手・中堅ともに多くの成長機会に恵まれています。特に昨今は数々の国際会議やサミットG7 外相会合が当ホテルを会場に実施されるなど、ほかではできない貴重な経験が今後のキャリアにつながっていくこともあるのではないでしょうか。
―そのような環境の中で、どのような思いを持って教育に取り組まれているのでしょうか。
日々若手の成長を目にしながら、いろいろなことが彼ら彼女ら、ひいては組織の土台作りとなるような意識を持ち教育に取り組んでいます。たとえば近年は、食品衛生や業務効率の観点から既製品が多く使用されています。パートナー企業の努力による部分も大きく、それ自体はよいことです。ただし加工済みの食材を目にする機会が増えるということは、生の食材と向き合う機会が昔に比べ必然的に少なくなってしまいます。肉質を見たり魚や野菜の鮮度など、本来の素材を見る力を養うことは、料理のできを左右するものです。この力は経験を積むことでしか養えないうえに、簡単に修得できるものではありません。そこで当ホテルでは、入社年数に分け、調理人に必要とされる基礎的な技術の向上を含めた講習会を月1 回実施しています。魚・肉の下処理、基本ソース作りなどの工程を通じ、素材に対する意識や関心を持たせることが、講習会本来の目的です。また日ごろから使用している既製品に対しても、同じものを作れることが重要であるということを伝えています。
―調理技術習得の一環ということでしょうか。
技術習得もありますが、ときに自分の身を守ることにもつながります。ホテルという不特定多数のお客さまを日々お迎えする環境においては、予期せぬトラブルが起こるものです。仮に何か大きなトラブルがあり、たとえば手配していた商品や食材が間に合わないといったことがあったとします。そこで商品や食材が届かないから提供できませんなどという言い訳が通用するわけはありませんし、お願いしていた料理が出てこなければ、ホテルの信用問題に関わります。調理機器についてもそうですが、便利なものを自分の知識や意識の外で無関心に使用することは、大きなリスクを伴うことがあるのです。