はじめに
以前、このホテルレストランの誌面で十六名の食のエキスパートの方々と対談させて頂いた。このことはかけがえのない財産となっている。そして改めて食の深さを知ることとなった。今日、世界的にさまざまな問題が生じ混沌として厳しい時代となった。しかし私どもはいかなるときも食と向かい合ってゆかなければいけません。この度の対談の再開にあたり、新しい視野の元、敬愛する皆さまと互いの胸に響きあえる対談を心してまいりたい所存です。
2 度目の渡仏
帰国後は各地のオープンに携わる
谷口 それでそのフランス人のシェフの下で2 年間働き、神戸に戻ることになりました。それからもう一度フランスのコート・ドールに行ったんです。そのときは以前に行った時よりもすごく良くなっていてびっくりしました。最初に行ったときもそうなんですけど、フランス人に言われてすごくショックだったことがあります。若いスタッフが多くいて、その中で日本人は僕一人でした。
すごく珍しいから、「日本のどこから来たんだ」と聞かれて、「大阪・神戸」と言ったら「何人くらいの街だ」と言われ、その後、面積まで尋ねられましたけど、僕はぜんぜん答えられませんでした。
中村 いやあ、そのときの気持ちはよく分かるなあ。私もまさにそうで、自分が日本人なのに日本のことに対してまったく無知であることを嫌というほど味合わされました。そして帰国後はこれらを埋めるために、多くの時間とお金をかけたものです。向こうの人は自分の国や街に対して愛情と誇りを持っていて、よく知っているんだよ。
谷口 そうなんですよ。向こうの人ってすごくて、「自分の町はこれくらいだ!」と誇らしげに言われたんですよ。そのときに、「この人たちって自分の住んでいる町とかが大好きなんだ」とすごく印象に残ったんです。それがショックでした。それから南仏に働きに行かせていただきました。