さまざまな料理人がいる中で、一人一人が持つ苦悩と挑戦の数々の物語がある。ホテル・レストランの総料理長が食の業界や若手の料理人に向けて伝えたいことは何か。これまでの長い経験の中で、どのようなことに悩み、どのようなことを考え、どのようにチームを創り上げてきたのか。インタビューを通じて後継者育成に向けた取り組み、マネジメント手法などを探るシリーズ「料理人の教育論」を隔週連載でお届けする。
北山良平(きたやま・りょうへい)
1983 年大阪あべの辻調理師専門学校卒業後、㈱宝塚ホテル入社。宴会調理、フランス料理を経験。89 年㈱ホテルオークラ神戸にて開業を経験し、92 年ホテル阪急インターナショナルの開業に伴い、宴会調理シェフとして入社。その後さまざまな経験を経て、2012 年ホテル阪急インターナショナル総料理長へ就任。14 年より㈱阪急阪神ホテルズ近畿圏事業本部総料理長へ就任し、現在に至る。2013 年(公社)全日本司厨士協会 関西地方本部会長表彰 受章、15 年(公社)全日本司厨士協会 協会制定アカデミー銅章 受章、16 年平成28 年度大阪府保健衛生関係功労者・優良施設知事表彰 受賞
「若手の可能性をあきらめない」
二つのカリキュラムと育成への取り組み
―最初に、北山総料理長の人材育成における信念やコンセプトについて伺えますか。
「若手の可能性をあきらめない」という信念のもと、「教育」と「訓練」、二つのカリキュラムによって、日々人材の育成に取り組んでいます。常に意識していることは、5 年後、10 年後のホテル利用価値の創造と開発に貢献できる調理人としての姿。その実現に向け調理技術はもちろん、さまざまな経験や気付きを通じて「感じとる力」を修得していって欲しいと考えています。
―すばらしい信念をお持ちでいらっしゃいますね。続いて「教育」と「訓練」、具体的な内容についてお伺いしたいのですが。
たとえば新入社員であれば、入社から正式配属までのおよそ3 カ月間、食材の取り扱い方法、包丁の使い方、火の使い方について指導を受けます。学んだ知識を実際に活用し、繰り返し精度を高めていく工程が「訓練」となり、各ホテルの従業員食堂で提供する食事を利用して、野菜の下準備、簡単な肉の下処理など、現場で必要とされる基礎を築いていきます。
正式な配属を迎えたあとでも5 年くらいは各事業所での技術カリキュラムが実施されており、野菜の切り方、魚のさばき方、肉類の下処理などを、「和」「洋」「中」「製菓製パン」のカテゴリー別で行ないます。5 年目には実技試験があり、和食は魚の煮付け、洋食はオムライス、中国料理は天津飯、製菓製パンは生ケーキを課題として用意。基礎トレーニングから現場のカリキュラムで養われた「切る」「焼く」「炊く」「盛り付ける」それぞれの技術の習熟度を確かめる機会としています。
―さらに「感じとる力」の修得ということですが。
「感じとる力」というのは表現の形であり、さまざまなシーンに適応できる能力や経験を意味しています。たとえば先に新入社員の入社から配属までをお話ししましたが、従業員食堂での基礎訓練を通じ、準備の意味や重要性を感じたり、回数をこなすことで効率的な段取りを感覚的に身に付けていきます。本配属後にはチームでオペレーションに臨むため、周囲との連携の中で「相手が何を求めているか」を察しなければなりません。さらにお客さまの趣旨・趣向が変化する中で、求められる料理の味や見た目にも常に気を配る必要があります。こういったことは現場でしか養われない部分であり、個人の感性に左右されるところが大きく、全員が率先して同じように取り組んでいけるわけではありません。その際は周囲が気付きを与えることで、必要とされている部分を感じとることにつながっていくのだと考えています。