はじめに
以前、このホテルレストランの誌面で十六名の食のエキスパートの方々と対談させて頂いた。このことはかけがえのない財産となっている。そして改めて食の深さを知ることとなった。今日、世界的にさまざまな問題が生じ混沌として厳しい時代となった。しかし私どもはいかなるときも食と向かい合ってゆかなければいけません。この度の対談の再開にあたり、新しい視野の元、敬愛する皆さまと互いの胸に響きあえる対談を心してまいりたい所存です。
本物の芸術に巡り会う
素晴らしいお客さまとの出会い
中村 その後、髙村さんは秋田に行かれたわけですけど、その経緯は?
髙村 それはですね、その当時24 歳で太古八の板長になったんです。
中村 それはそれは!
髙村 今思えば、すごく早く、当然鼻っ柱も強く、その時々に折られるわけです(笑)。
中村 今にして思えばそれはそれで貴重な体験ですよ(笑)。折られたからこそ何かに気付き、今があるわけですから。
髙村 おっしゃられる通りです( 笑)。板長になった当時、坂東玉三郎さんもよくお見えになり、いろいろお話を伺っておりました。それで「歌舞伎を見たことあるか?」と問われ、「いやないです」と。「じゃあ一度見に来なさい」ということで、太古八のメンバーを全員招待してくださいました。実際の舞台は実に美しかったです。
中村 すごいよね、あの美しさは! 感動を通り越し、魅入られてしまいます。
髙村 そうなんです。それと、昔の歌舞伎座のあの雰囲気に圧倒されました。目の前で玉三郎さんが藤娘で出てきたときは、あまりにもきれいで言葉もありませんでした。
中村 すべての仕草が芸術的だよね。
髙村 正に芸術的です。その方が店に来てくださり「おいしい」と言ってくださるわけですけど、でも本当のところ、僕は「まだまだだな」と実感しました。その舞台で玉三郎さんに「本物の仕事を見なさい」と言われているような気がしました。鼻っ柱強かった分、とてもショックでした。
中村 でも、そこに髙村さん自身が気づかれたことは、とても尊いことで、料理人として何か非凡なものを持たれていたわけですよ。普通だったら、「こういうすごい方がうちに来てうれしいな」くらいで自慢する所を、一歩踏み込んでそういうことを感じられたということは本当に素晴らしいことだと思います。私は常々、料理人はお客さまに育てられる、そしてその素晴らしいお客さまに出会えるのは自分自身の日ごろの努力次第だと思っています。
髙村 全くおっしゃられるとおりです。その瞬間、自分が作った料理を「おいしい」なんて言えなくなりました。