はじめに
以前、このホテルレストランの誌面で十六名の食のエキスパートの方々と対談させて頂いた。このことはかけがえのない財産となっている。そして改めて食の深さを知ることとなった。今日、世界的にさまざまな問題が生じ混沌として厳しい時代となった。しかし私どもはいかなるときも食と向かい合ってゆかなければいけません。この度の対談の再開にあたり、新しい視野の元、敬愛する皆さまと互いの胸に響きあえる対談を心してまいりたい所存です。
大都会で得られない唯一の物
食材の現場で育まれる
料理人としての感性
中村 この前、久しぶりに札幌のモリエールでディナーをさせていただきましたが、久方ぶりにフランス料理の醍醐味を味わいました。本当に素晴らしかったですね。
中道 僕も中村さんにそう言っていただけるとうれしかったです。気分が良かったなあと(笑)。
中村 いやいや。それで食材ということでこれからいろいろと聞きたいんだけども、東京の一流レストランと地方のレストランとの差というものが昔はあったものの、今ではむしろ逆になってきて、地方の魅力が一段と深まり、さらに言えばフランスにおける地方の魅力というものが日本でも具体化してきたように思えます。
中道 そうですかね?
中村 私は少なくともそのように感じております。確かに東京には日本の食の中心地として、常にあらゆる地方の見事な食材や海外からの情報がますます入ってきております。その時点では、東京の料理人は恵まれているわけです。しかし一つだけ得られないものがあります。それは、さまざまな食材が育ってゆく過程を肌身で経験できないことに尽きます。最終的に、料理人に大切な感性の一つとして、そのような食材の現場からさまざまな大切なものが得られ、自己に育まれて行くものであると確信しています。残念ながら、東京ではそれができない。それがこれからの東京のシェフたちのコンプレックスにつながるのではないかと密かに思っています。そのような意味で、この前のカスべ(エイ)を食べさせてもらいましたが、多くの料理の原点は古典にあります。その古典を現代の食の在り方の中で、自己の感性によっていかに昇華させ、いかにシンプルに表現していけるかということが求められます。その観点から言えば、あのカスベの料理は完璧でした。そして、イカのリゾットの詰め物も同様のことがいえます。