井ノ口 よくある形として、酪農家が出資して工房を作り酪農家自身がチーズを作り販売するという、6 次産業化が最近のブームになっています。一方で私どもの特徴ですが、酪農家が株主となり、酪農とチーズ作り、流通販売を完全に分業化するという形をとっています。といいますのも、6 次産業化の問題点として、元々一つのノウハウしか無い人々が他に手を出しているという点があります。それで本当に美味しいチーズが作れるのかと疑問を覚え、完全に分業化しようと考えチーズ工房を立ち上げました。酪農家は酪農家として本当に良い牛乳を作る、私どもチーズ工房が良いチーズを作る、そして流通を介してレストランのシェフに料理をしてもらい消費者に楽しんでもらう。そういった役割分担の中で、料理人の方々と直接お話をして、そこからお客さまの反応をフィードバックしてもらう。「昨日よりも今日、今日よりも明日良いものを作る」という一心で、チーズ作りを行なっております。
楡金 井ノ口さんのチーズはイタリアチーズが中心なのですが、私が元々フランス料理出身ということもあり、井ノ口さんとはよく相談させていただきます。それこそ、「このチーズはどういう料理に使えばよいのか」という話から、「この魚と合わせたいからもっと塩を落としたチーズを作れないか」といった話までいたします。
井ノ口 僕らはチーズは作れますが料理は作れません。ですので、料理人の方から「この素材がこうなればもっと合うよ」と指摘頂けることはとてもありがたいですね。
❐ 既に全国でも流通されておりますが、品質と生産量を両立させるための秘訣はどのようなことだとお考えになりますか。
井ノ口 多くの人が「良いものを作ろうと思ったら規模を拡大しては駄目だ」と言います。しかしチーズ作りに関して言いますと、ある程度の量があった方が乳酸菌の発酵が安定し、質の高いチーズを作ることができます。
楡金 カレーライスも1 人前作るよりも50人前作った方が美味しいものが作れますからね。
井ノ口 もちろん、全自動のラインを作り上げて大量生産となりますと、手作りの良さが失われてしまいます。ですが、その範囲を逸脱しない中で最大限規模を拡大するということは、むしろ品質の高いものをより安く提供できるようになりますので、決して悪いことでは無いと考えます。
❐ ありがとうございます。藤原さんのところでは「星空の黒牛」というブランド牛を出されていますね。どういった特徴があるのでしょうか。
藤原 私どもの牧場ですが、元々は子牛を育てて全国各地に送り、そこで仕上げるという商売を行なっていました。それはそれで十分企業として成り立っていたのですが、「標茶町産の牛肉を最後まで仕上げたい」と考え、7 ~ 8 年ほど前に「星空の黒牛」というブランドを立ち上げました。特徴として、星空の黒牛は交雑牛なのですが、和牛と比べて赤身と脂身のバランスの良さが挙げられます。
楡金 よく「A5ランクの和牛を半頭買ってくれないか」という話があり、和牛を仕入れることがあります。そういった場合、確かにサーロインやフィレの部分はA5ランクなのですが、それと比べて他の部位が…ということがよくありました。ある時、星空の黒牛を購入したところ、全ての部位の肉質、脂のサシ具合のバランスが取れていて、非常に驚かされました。
❐ 驚かされるといえば、藤原さんのところでは、生で食べられる商品を販売されていますよね。
藤原 「くちどけフレーク」ですね。加工は取引先の方にお願いしていて、ブロック肉を酸に漬けるのですが、そうすると外側が真っ黒になるんですよ。肉というものは元々中は無菌状態なので、後はそれをフレーク状に加工して。ただ、販売の許可を取るのに大変苦労しました。保健所としても初めてのことだったみたいで、許可が降りるまで3 年間かかりました。
❐ 今後増産などの予定は。
藤原 何度か楡金総料理長からシェフを紹介いただき、全国のレストランでもご利用いただいております。最近は冷凍技術も発達していますので、先ほどの「くちどけフレーク」をはじめ、安全に品質を保ったまま送ることができます。
楡金 うちで星空の黒牛を食べたシェフがとても感動して、「ぜひ紹介してくれ」と頼まれまして。
藤原 うちでは現在4000 頭ほど牛を飼育しており、その中から毎月100 頭ほどを出荷しています。先ほどの井ノ口さんの話ではありませんが、あまり頭数を増やしますと「星空の黒牛」としての品質を保てなくなり、ただの「北海道産」になってしまいます。そうならないように、品質を第一に心がけたいですね。
❐ お話を伺ってみると、皆さん何よりも品質を第一にされている印象を受けますね。
楡金 そうですね。長くお付き合いしている生産者の方は、皆さん地に足の着いた商売をされています。それこそ皆さん、「まずは地元で売れないと意味がない」と言われます。最初から東京だけを見てそこを商売にするのではなく、地元で愛された上で「釧路にもこういう物があるのか」と自然に声が上がってくるような。その上で、有名になってもそのスタンスは崩さない。そういったところと今後もお付き合いできればと思います。