世界に向けた日本文化の伝え方Vol.1
日本酒が世界に羽ばたく時代を迎えた今
ワインの世界のアティテュードに着目する
清水清三郎商店株式会社
Kura Master 2023の純米酒部門でプラチナ賞を受賞した「作 恵乃智」
清水清三郎商店㈱は、2017年から開催されている「Kura Master」への出品を続けている。Kura Masterは、フランスのソムリエをはじめとする飲食のプロフェッショナルたちが審査にあたる日本酒、本格焼酎、泡盛、梅酒のコンクール。Kura Master 2023の純米酒部門では清水清三郎商店の「作 恵乃智」がプラチナ賞を受賞し、純米酒部門のトップ5に選ばれた。さらに「作 インプレッションH」が純米酒部門で、「作 槐山一滴水」「作 なぐわし東条山田錦」が純米大吟醸部門でそれぞれ金賞を受賞した。Kura Masterの審査委員長を務めるグザビエ・チュイザ氏は、フランスのホテル、レストランのワインリストに日本酒が掲載されることを目標に掲げているが、清水清三郎商店はその心意気に賛同してコンクールに出品するに至った。連載第1回は、日本酒を文化として世界に発信していくための方法論について考察する。
日本国内の拡大のチャンスを認識しながら
海外のソムリエに向けたアピールも強化
今やフランスのソムリエたちの間で日本酒はメジャーな飲料となり、認知は確実に広がってきている。ただし一般的なフランス人にとって日本酒はそこまで身近な存在ではなく、裾野を広げるための取り組みは今後も継続していく必要がある。
「海外で日本酒が定着するまでに、あと20年から30年はかかるでしょう」と清水清三郎商店の代表取締役、清水慎一郎氏は言う。「フランスでは、ソムリエたちは自分が求める日本酒がどこで買えるのかわからないという状況が見られます。つまり私たちはシェフに向けて料理と日本酒のマリアージュをアピールするだけでなく、ソムリエとのネットワークを構築する必要があるのです」
日本のアルコール飲料市場における日本酒・清酒のシェアは6.5%。特定名称酒は6.5%のうちの30%、すなわち全アルコール飲料の2%以下にすぎないのが現状だ。わずか2%のシェアということは、裏を返せば日本国内にも開拓すべき市場の余地が残っているとも言える。これからどのように市場開拓をしていけばいいのかを考えることが、日本酒業界に課せられた課題だと清水氏は言う。
「日本国内にも日本酒のニーズを拡大できるチャンスがあることを認識しながら、海外のソムリエに向けたアピールも続けることが、日本酒業界のテーマだと考えています」
若者を支援することで料理という芸術を
守り抜く意思をフランス人は共有している
フランスの飲食業界においてサービスの領域で活躍したいと考えている人材の育成を目的にしたコンテスト「ル・チャレンジ」にも参加した清水氏は、ベテランの功績を讃えることに主眼を置きがちな日本と違って、若者を表彰することでモチベーションを喚起し、業界の未来を切り拓くことに重きを置くフランス人の感性に感銘を受けたという。
「中学校、高校、専門学校を卒業した若者たちに称号を与えることで活躍の場の提供につなげ、彼らに希望を与えるやり方はとても効果的だと感じました。フランス人は芸術分野における料理の重要性を当然のこととして認識し、若者を支援することでその文化を守るという意思を共有しています。だからこそ人材育成のシステムを上手くまわせているのでしょう」
こうしたやり方を採り入れていくことが、日本の飲食業界が将来にわたり繁栄していくための礎を築くのではないだろうか。
フランスの全国コンクール「ル・チャレンジ」は、一流のサービスマンを目指す若者たちに賞を与えることで飲食業界の未来を紡いでいく
海外の人々が持つ嗜好との近似値の部分で
日本酒に入りやすい提案から始めるべき
日本酒を世界に広めるために求められるスタンスについて清水氏は、「日本酒はどんな料理にも合います」というアプローチではなく、ワインに合わないとされるアスパラガスや卵などの食材にターゲットを絞って日本酒とのマリアージュを紹介する形の必要性を説く。
「海外の人々が持つ嗜好との近似値の部分で入りやすい提案から始めなければ、最終的に日本酒の奥深いところまで感じていただけるレベルにまで到達できません。日本酒の初心者にいきなり燗や酒器の話をしてしまうと、そこで興味が失われてしまうからです」
この点において、フランスのソムリエの育成カリキュラムに参考にすべきものがあるという。ワインの色や香りなどの要素については表現に使う用語が決められていて、ソムリエはその中からワードを選択しなければならない。自分勝手な表現を許してしまうと、互いに話が通じなくなってしまうからだ。それぞれの酒蔵が自分たちの酒の個性を独自の言葉で表現するのではなく、共通認識に基づいた用語でその特性を伝えていくための土壌づくりが求められている。
これまで国内においてすら激しい地域間競争にさらされてこなかった日本酒業界が本格的に世界に羽ばたく時代を迎えた今、競争の歴史を繰り返してきたワインの世界の人々がどのように自分たちのワインの魅力を伝えているのか、そのアティテュードを参考にすることは大きな意味を持つことになるだろう。
記事:義田真平