すべてのお客さま、
すべての要望に応えようとしない
基本的に、人はいつも足りないですが、ほかの旅館の話を聞くと、まだ恵まれている方だと思います。そうはいっても、募集してもなかなか集まらないのが現状です。ただ、人を募集した際にこれほど人が集まらないのは業界全体を考えなおさないといけないと感じました。その原因は中抜け勤務の存在だと思います。また、「お客さまが主役であり、その主役の要望なら何でも応えなければいけない」という考え方は違うと思っています。もちろん、クレームやコンプレインは真摯に受け止めますが、すべてに応えるのではなく、線引きを行なうようにしています。なぜなら、お客さまの要望をすべて聞いてしまうと、その対応をすることによって残業が発生し、中抜け勤務が中抜けではなくなってしまいます。ですので、私たちは「中抜け勤務」は行なっていません。
また、業界出身の人は、現在のところ採用していません。業界経験者ですと、どうしても先入観と過去の経験が邪魔してしまい、逆にマイナスになってしまうからです。特に料理人は、業界出身者はなかなか採用しにくいですね。現在働いている社員は、募集を見てきたのではなく、突然履歴書が送られてきたり、実際に宿泊して「働きたい」と言ってきたスタッフばかりです。まだオープンしてから1 年3カ月と、始めたばかりのため離職もほぼありません。スタッフが辞めない努力は、特段していませんし、退職願いがあったとしても私から引き留めることはしないと思います。ただ、活躍の場所やポジションだけは必ず作りたいと思っています。
旅館にとって料理人が辞めることは大きなリスクになってしまいますが、今はあまり考えられなく、現在の料理人は今すぐに辞めるとは思っていません。
スタッフはそれなりに成長しています。私ができることは、現在いる料理人のクオリティーをより上げることだと思っています。里山十帖に来てくださるお客さまは、食通の方が多いです。食通の方が多いということは、料理をより厳しい目で評価をしてくれるということです。そんな厳しい評価に応えるために、クオリティーの高い料理を出すように努力するのですが、そのためには仕入れる食材もレベルを高くしなければいけなくなります。つまり、お客さまも料理の質も高いレベルを維持することで、おのずとこの場所で働きたいと思ってくれる方が出てくるのです。
私はよくスタッフに「世界でここでしか出せない唯一の料理を出そうじゃないか」と伝えています。「他社と比べているようでは話にならない」とつねに言っています。目指すものは必ず日本一であり世界一のものを出すように努力しているのです。
そのために私ができることは、食材の仕入れやルートを開拓することや、なかなか手に入らない食材を仕入れることです。農家・市場・漁協などの仕入れルートを私が探し、話をつけます。その後は、料理人に任せます。また原価が高いという理由で、原価やコストを抑えてほしいということは絶対ありません。調味料やダシは最高級のものを使い、いくらかけてもいいと伝えています。
❏スタッフに高級旅館に行って勉強しなさいと言っていますか。
それはないです。高級旅館に行くのであれば、東京や京都の高級レストランに行った方がいいと話しています。ホテルや旅館で良い料理を提供しているところは限られていると思いますので、それよりは、見るべきは星がついている高級レストランです。
先日は、芝の「うかい亭」に15 人で行ってきました。東京でどのようにオペレーションを行ない、その料金でどう採算が成り立っているのかをみんなで考えながら食べてきました。夜は『ミシュランガイド東京』の2 ツ星レストラン「Ryuzu」、翌日は茶事としての懐石を4 時間体験し、その後、UDS が横浜につくった複合型ホテル「HOTEL EDIT YOKOHAMA」に宿泊して、ホテルの一つの在り方として、新しい仕組みの勉強をしました。
❏次にCS、顧客満足という視点でお話を伺いますが、お客さまに対してアンケートなどを行っていますか。
アンケートは、もちろんあります。そして、全員で確認はしていますが、集計して項目分けして平均を出したり、その項目のポイントをどのように上げようかといった使い方はしていません。そうではなく、満足いただけなかったお客さまのアンケート用紙を見て、そのお客さまがどんな方で、どんなものがお好みかをプロファイリングするために使用しています。
「なぜ満足いていただけなかったのか」を確認することには、二つの考え方があります。
一つは、旅館側に落ち度があった場合です。そのときは、「どうしたらそのミスを少なくできるか」の議論をします。もう一つは、旅館と相性が悪いお客さまだった場合です。アンケートのプロファイルを調べ、どのようなお客さまが里山十帖と相性が悪いのかを知り、なおかつ「このようなミスマッチが起こらないためにはどうしたら良いのか」を考えるのです。
すべてお客さまの満足度を上げるのではなく、「満足度の高いお客さまを呼ぶにはどうするか」という考え方をしています。
❏満足度の高くないお客さまは来てほしくないとのことでしたが、傾向分析をしているということですか?
傾向分析はしています。例えば、野菜料理が中心と言い続けていると、魚と肉料理が食べたいお客さまは、次第にこの旅館に来なくなります。私たちは野菜料理を提供することで、野菜に関することや和食文化、この地域のことを知っていただきたいのです。
響く方にだけ来ていただければいいのです。客室は必要以上に広くないですし、露天風呂も必要以上に大きくない。お部屋のお風呂は小さいです。「客室にこもって、二人の空間を大切にしたい方」向けの宿ではないことをきちんと伝えるようにしています。
この宿は、夕食の時間が決まっています。17 時30 分からと19 時45 分からの二部制です。ときどき「ほかのリゾートホテルや旅館は、何時にきても対応してくれるのに、宿の都合を押し付けるなんて」と、ご立腹になるお客さまはいます。また、夜22 時以降は、フロントに「22:00 以降、急病人以外は受け付けていません。急病の際は携帯電話まで連絡ください」というサインを提示してしまいます。22 時以降にお酒を持ってきてほしい、ルームサービスを頼みたいというお客さまがいますが、お断りするとご立腹になりますね。
こういったクレームを失くすために、事前のPR と傾向分析をしっかり行なうのです。
新連載
経営者インタビュー オンリーワンの宿づくり 「里山十帖」
自遊人 代表取締役 岩佐十良氏 × 旅館総合研究所 所長 重松 正弥
【月刊HOTERES 2015年11月号】
2015年11月06日(金)
里山十帖で働くスタッフたち
里山十帖の人気アクティビティー「早朝マウンテンバイク」。標高1000 mまで車で送迎し、山を一気に駆け降りる