観光客がこない土地に、価値あるホテルを生み出す
株式会社立飛ホスピタリティマネジメント
取締役COO
坂本裕之氏
東京・立川市に本社を置く㈱立飛ホールディングスは、立川駅北側で計画が進行中の「立飛みどり地区プロジェクト」において、新しい街区「GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)」を開発している。同プロジェクトは多摩地区最大規模となるホール、新たに掘削した天然温泉を使ったインフィニティプールが特徴のホテル、商業施設、オフィスなどで構成された大規模複合開発プロジェクト。2020年以降、「心身ともに健康的で心地よい、人間らしい暮らしへのニーズ」がますます高まると考え、「空と大地と人がつながる、ウェルビーイングタウン」を新しい街のコンセプトとしている。
GREEN SPRINGSの一つの核となるホテル「SORANO HOTEL」は、81の全客室が52㎡以上、バルコニー付きで、窓からは昭和記念公園の豊かな緑を一望できる。立川の街との共存共栄を大前提とするSORANO HOTELは、既存の施設と競合しない新しい価値を生み出す使命を担っている。その実現のためには、従来のホテルの常識から解き放たれた発想で「逆さまなホテル」を創ることが求められたのだ。ホテルづくりの指揮を任されたのは、プロフェッショナルホテリエとしてこれまで数々のホテルの開業や改善計画に携わってきた坂本裕之氏。空と大地と人がつながる「ウェルビーイングホテル」をコンセプトに、「空」を感じ、開放的で心地よいホテルを目指すSORANO HOTELに込められた思いをレポートにし、二回にわたってお送りする。
「ウェルビーイング」のコンセプトを
温泉のインフィニティプールが象徴する
わざわざ立川に宿泊してもらうために、SORANO HOTELとしてどのような価値を創造しなければならないのか。東京から1時間圏内の立地で、ほかでは体験できない付加価値を創造するため、SORANO HOTELの屋上には60mを超える「インフィニティプール」が設置される。
坂本 シンガポールの気候であれば、年間を通じてインフィニティプールで泳ぐことができますが、立川では夏季を過ぎたら寒くて泳げません。それならばと、費用をかけて2㎞も温泉を掘り、インフィニティプールとスパに使うことになりました。
ウェルビーイングに基づいた展開を図るためには、健康的なライフスタイルにあこがれを持つ方々に向けて、ホテルがどのようなコンテンツを入れ込むことができるかがポイントであり、インフィニティプールによる「エクササイズ」、スパによる「健康」というメッセージは象徴的な力を持つことになるはずです。
屋上のインフィニティプールでは、豊かな緑と広大な空を眺めながら、独自に掘削した温泉水を楽しむことができる
「食」も大事なコンテンツです。よく言われる地産地消については、私はこの立川という地にだけに拘らなくてもいいと考えています。それよりもそれぞれの土地の素晴らしい食材が近くにあるのであれば、「適地適作」を基準として広範囲に食材を求め、「人に良い」と書く、「食」というものを健康的に提供していきたいのです。
これまでは3ツ星、2ツ星とミシュランの星を取ることが、或いは取得することが供給側の論理のようになっていましたが、それは我々ホテル側の満足にしか過ぎず、ゲストの視線に立てばそんなことよりも、「おいしくて自身の体にとって良いものは何か」の方が重要です。野菜も奇麗に整っていることが重要ではなく、形が歪んでいても体に良いものであればいいわけで、できれば無農薬、減農薬の野菜がいい。よりよいものを使うために、出来る限り私たちは「土から改善していきたい」という願いから、契約農家さんの考え方に耳を傾け、その作り手の思いを伝えることができるような料理を考えたいと思っているのです。酒造りについても、無農薬米を使った日本酒を作りたいという思いから、酒蔵さんと米の作り手にお願いして特別な酒米を作って頂いています。その米を使って蔵元に日本酒を造ってもらい、SORANO HOTELで提供していく計画です。
朝食においても、晴れ・褻(ケ)の世界感を演出するべく、非日常としていただく「晴れ」の朝食のメニューと、日常の延長としていただく「褻」のメニュー(一汁三菜的なメニュー)を計画しています。
坂本 晴れの日の朝食メニューではでは、さまざまな発酵食品をセットにした「活性プレート」を提供したいと思います。また、レストランの名前は「DAICHINO RESTAURANT」ということで、「大地の恵み」である野菜を中心に据えていきます。炭水化物は極力避けながら、野菜を中心とした朝食メニューを1800円ぐらいからご提供してゆきます。
もう一つは、比較的安価に朝食バスケットを提供するアイデアです。ベッドの上でバスケットに入った簡単な朝食を食べるお客さまがいてもいいですし、バスケットを持ってそのまま公園にピクニックに出掛けてもらってもいいと思います。そういうことのできる環境がホテルの周辺に整っているので、それを生かすことのできる提供方法を創っていきたいのです。
一般的なホテルのミニバーの在り方についても、坂本氏は疑問を抱いている。館外では150円で売られている飲料が、600円、800円という価格で客室に入っているホテル業界の常識にとらわれることなく、SORANO HOTELのミニバーの内容を構成しようと考えているのだ。
坂本 最低限必要な軟水、硬水、炭酸水だけを冷蔵庫に入れて無料で提供します。その上で、もしもよろしければ2階にある「IMA LOUNGE」というラウンジでドリンクをオーダーしてもらえればと思います。ちなみに「IMA」は「居間」と「今」のダブルミーニングです。
「IMA LOUNGE」での飲料提供の方法としては、そのまま持って外出していただいたり、お部屋に持ち帰ってもらったりできるようにする。このアイデアを具体化する方向で進めていくつもりです。
DAICHINO RESTAURANTでは「大地の恵み」である野菜を充実させていく
ADR3万円台で立川に宿泊する理由を
生み出すために特別なコンテンツをそろえる
地域と競合しないことを大前提に、宴会、婚礼施設を設けず、客室は華美に飾り付けるのではなく、むしろ引き算の世界観を演出し、ミニマルに仕上げられている
SORANO HOTELの基本姿勢は、ホテルを運営する者にとってとんでもなくやりにくい状況をもたらすことにもなるだろう。その条件下でADR3万円台を目指すためには、それ相応の価値の提供が必須となる。
坂本 いきなり「3万円台」と言ってしまうと、「高い」というイメージしか抱いてもらえないでしょう。だから私たちは、「3万円台でも高くない」と感じていただける客室を創らなければならないのです。
例えば家族連れ3名のお客さまの場合、エキストラベッドを入れるのではなく、組み合わせることで寝心地のいい3台目のベッドになるソファを設置する形で対応し、しかもエキストラベッドチャージをいただかない設定で宿泊していただこうと考えています。
客室の窓から昭和記念公園が目の前に見える最高のロケーションで過ごす時間は、「3万円台でも高くない」と感じていただけると思います。
「泊まる理由のある目的性をどう創るか」は、そもそも大きな観光資源もなく、宿泊を目的とするには非常に難しい立川の街に建つSORANO HOTELにとって大きな課題となる。ホテル自体が旅行者のデスティネーションとなるための要素として、非常に大きな役割を果たすことになるであろう「食」について、坂本氏はその在り方を見直そうとしている。
坂本 現時点で私が考えているのは、コース主体の料理形態ではなく、アラカルトを中心として季節の食材をふんだんに使ったお料理を提供していきたいと考えています。そうすることで、多様な楽しみ方に対応できるレストランとして訴求できるのではないでしょうか。
多くのお客さまが身近に感じていただける料理を作る必要もあります。それは和食を基本として諸外国の文化や料理を取り入れる、いわば様々なエッセンスが混じりあい融合するクロスオーバーフードだと考えています。ダイバーシティといわれる時代、食についても多様性が求められており、苦戦しながらも料理メニューを創り上げようと取り組んでいるところです。
「お客さまを楽しませよう」ではなく
「お客さまと一緒に楽しみましょう」
「アクトコンセプト」と名付けられた行動指針は、「スタッフ自身がウェルビーイングであること」に主眼を置いて作られた。朝から晩まで働くのではない、スタッフにとってやさしい環境を作り上げるための方向性が反映されている。
坂本 硬い革靴を12時間履き続けて働かなければならないのではなく、場面によってはスニーカーでもいいのではないか。VIPをお迎えするときには靴を履き替えて、ジャケットを着用してフォーマルな対応をする。例えばそういった臨機応変な形で、スタッフがウェルビーイングを感じられる環境を整えたいのです。
アクトコンセプトは、「心地よく開放感のある体験ですか」「地域性を尊重していますか」「楽しくて体にいいものですか」「自然を敬い、自然と触れ合うコンテンツですか」「人と人をつなげるアイデアですか」「新しい時代、新しい世代に向けた、新しい提案ですか」に続いて、最後の7番目に「自分たちが楽しいと思えることですか」と書かれています。
自分たちが楽しむことが一番大事。お客さまを楽しませようと思うのではなく、お客さまと一緒に楽しみましょうというメッセージが込められています。
加えて3項目からなる「ホスピタリティーポリシー」も作った。その内容は「すべてのお客さまへ自然を感じる開放感を」「すべてのおもてなしはサービス料フリーで」「すべての生命に心地よいシステムを」。52㎡を超えるバルコニー付きの客室で開放的な滞在を提供する。できる限りサービス料、エキストラベッドチャージのない状況を作る。そしてサスティナブルアメニティの提供によって、時代の要請に合わせたホテルとして育っていく。
坂本 1日限りで捨てるプラスチックである歯ブラシやコームは、客室に置くのをやめようと思います。「みんなで環境を守りませんか」という発信をしていきたいのです。
スタッフ同士が互いの成長を喜び合える
強固なチームワークを築いていってほしい
従来のホテルの常識に合わせるのではなく、新しい時代に向けたホテルを創っていこう。SORANO HOTELに対する坂本氏の思いの根底には、その決意がある。
坂本 「背中を見て覚えろ」というかつてのやり方では、今の時代に人を育てることはできません。ですから私はこれまでのホテリエ人生の中で学んできたことを、一刻も早く若いスタッフに伝えていきたいと思っています。私が伝えた情報を深度化、進化させるのは受け取ったスタッフ自身の役目でしょう。
このような姿勢で取り組みを進めていった先に、感度の高い30代の総支配人がSORANO HOTELに誕生してくれたらうれしく思います。
SORANO HOTELが求める人材は「将来を予測して、自ら変化を創り出せる人」「現状に飽き足りていない人」。より高いところを目指す人材が集まることで、ユニークな現場が生まれることが期待される。そしてスタッフには、最後までやり抜く力が求められる。
坂本 当たり前のことを当たり前に、最後までやり抜いてほしい。自分の事として仕事をとらえる人でなければホテリエとして成長していくことはできません。
世の中の変化が激しい時代です。変化を的確にとらえて、自分でどう表現するべきかを考えられる人にSORANO HOTELで仕事をしてほしいと思います。
そして仲間たちと強固なチームワークを築いていってほしいのです。互いの成長を喜び合える、それが一番大事なことだと思います。スタッフ同士が足を引っ張り合うことなく、「すごい! 彼と彼女はとても成長したね」と素直に喜べる環境を創っていきたいと思います。
SORANOホテルはスタッフを募集しています。
コンセプトはWell-being、 心にもからだにも健やかであること。
ゲストにも環境にも、そしてスタッフにも!ぜひ応募ください!
https://www.hotel-ya.com/jobs/a13/soranohotel/company
【本レポートは3回に分けてご紹介をしています】
1.「逆さまなホテル」を創る① 観光客が来ない土地に、存在感のあるホテルを生み出す
2.「逆さまなホテル」を創る② 観光客が来ない土地に、存在感のあるホテルを生み出す(今回)
3.「ウェルビーイング」をFBにおいていかに具現化していくか。オープンに向けて胸が高まる
■ホテル概要
名称:ソラノホテル(SORANO HOTEL)
運営会社:株式会社立飛ホスピタリティマネジメント
所在地:東京都立川市緑町3-1 W1 SORANO HOTEL
オープン日:2020年5月12日
客室数:81室
公式サイト:https://soranohotel.com/
■プロフィール
株式会社立飛ホスピタリティマネジメント
取締役COO
坂本裕之氏
1980年神戸ポートピアホテル フレンチレストラン「アランシャペル」などを経て、人事総務などバック部門でもマネージャーとして経験を積み、92年ハウステンボス・ホテルヨーロッパ料飲部迎賓館担当、95年に料飲部長、97年ホテルヨーロッパ支配人に就任。ホテルヨーロッパの総指揮のみならず、ハウステンボス5ホテルのサービス部門統括も担う。98年ウェスティン淡路の開業準備室、室長代理を務めた後、99年 ホテルグランヴィア京都に迎えられ、2001年には取締役副総支配人に就任。以降、様々な要職を務め、JR職員以外のプロパーとしては初めて08年常務取締役総支配人に就任。11年にザ・ウィンザーホテルズ インターンショナルに、取締役総支配人として迎えられるまでその辣腕を振るう。ザ・ウィンザーホテルズで3年間総指揮をとり、ホテル売却のタイミングで、15年京都センチュリーホテルに取締役常務執行役員として迎えられ、同年6月には代表取締役専務に昇格。グループのフラッグシップホテル開業準備も併せて担う。現職には17年7月から着任。