福永　会社には上司や同期などがいて、お互いに尊重し、助け合いながら目標達成に向けて、さまざまなことを学んでいきます。ゆくゆくは人の上に立つという道が用意されている中で、外の空気にふれ、他の環境を知るということでとても良いご経験をされたのではないでしょうか。


小野　雇われる側の気持ちを理解できたらこと、また“稼げない人は生きている価値がない！”というOJT 上司からの厳しい教訓がある一方でその分、会社から与えてくれるものは大きかったですね。勉強させてもらえることが当たり前の環境は自身の成長のためにとても大切であることを学ぶことができたのです。4 年前、旅館に戻ってきたときに旅館内の雰囲気のドス黒さを感じました。まさに煙突から出てきたような感じです。始めはもちろん、教えてもらうというスタンスで臨んでいましたが、人としてやってはいけないことがまかり通っていたり、オレは悪くはないけどお前が悪い！ と上司が従業員に当り散らしていたり、立たされたまま貧血で倒れそうなスタッフに対して“寝てるんじゃない”と叱責したりなど、とても信じられない世界が繰り広げられていました。
 
中にはモラル違反なことを当たり前のように行なっている者もいました。そんな違和感を感じていたところに社長から私へ世代交代が進む中それらに関わる多くの従業員が辞めました。そのような行為を評価しなかったからです。残ってくれた従業員からは“変な嘘をつかなくて良くなった”“ストレスが減った”などの声が聞こえてきました。
 
福永　一刀両断的な判断が功を奏し、そこから綿善旅館の新たな1 歩を踏み出せることができたのですね。ストレスは精神的にも肉体的にも悪影響を与えます。
 
　ところで人材不足が課題の中、採用はどのようにされていらっしゃるのですか。
 
小野　基本的に性別や国籍は問いません。ご縁のタイミングだと思っています。現在、外国人としては1 名、ダブルが1 人、今後、ベトナムの方を採用しようと思っています。採用の基準はお人柄です。日本語対応が苦手であればいったん、苦手な部分を業務から外しますが、やってみたいと思ったら業務として与えるようにしています。ときにはスタッフに向けたテストも行なっています。日本語が苦手な外国人スタッフが上位3 位にランキングされるなど、お互いに刺激しあうことでレベルアップを図っています。
 
福永　特に京都は“おこしやす”や、“おいでやす”など、とてもはんなりとした女性らしさを感じさせる京都弁を楽しみに来られる観光客も多くいらっしゃいます。京都弁の練習や指導もされていらっしゃるのですか。
 
小野　従業員の8 割が京都出身ですので特に京都弁のレッスンは行なっていません。あるお客さまから“『おおきに』は商売で『ありがとう』は本心ですね”と言われたことがありますが、自然と“おこしやす”“おおきに”という言葉を使ってますね。以前は“○○どすぇ”という京都独特の“どす”をつけた話し方に“なに、どすどす言ってるの？”とわざとらしさを感じていましたが、年を重ねていくうちになぜか不思議と“どす”が自然と出てくるようになりました。先日、修学旅行生をお迎えするときに“おこしやす”とお迎えをしたら、“おこしやすやって～”と笑いの場が生まれたりすることもありますね。
 
福永　京都のホテルでは標準的な日本語で対応しますので、まさに旅館ならではですね。また、人材育成でとしては、どの様なことに取り組まれていらっしゃいますか。
 
小野　この7 月から京都府と京都市の観光大使をされている茶道の先生をお招きし、月2 回許状も取得できる茶道教室を受講料無料にて始めました。お部屋の入り方や所作を学びたいと多くの正社員が参加しています。また京都市と協業し合同新人研修も行いました。
 
福永　合同新人研修はなぜ、始められようと思われたのですか。
 
小野　1 つの旅館の中で閉じこもっていると、ほかの旅館のことを知らないまま終わってしまいます。同業他社で同じ旅館業界で働く新人が集まることで、さまざまな情報交換をすることができます。労働時間や待遇など他の旅館のことを知ることで人が動き出します。人が動き出すことで、辞められないようにと働き方改革に火がつき、結果的に旅館業界の全体的な底上げにつながると考えたのです。受講料は1 施設4 人まで約5 万円です。合同新人研修に賛同いただき、ご参加下さった旅館さんは口コミ順位でも上位の常連宿が多かったです。中には年間の休暇を世間に比べてわずかしか与えていないため、従業員が情報を得ることでほかの旅館に流れてしまうことを危惧して参加しない旅館もありました。ともあれ、宿泊業態の多様化と競争激化、人材不足が深刻化する中でもっと働きやすく、また学びの場を常に提供することで自身をスキルアップさせていくことが求められます。今後も業界全体の底上げのためにも新たなことに挑戦し続けていきたいですね。
 
福永　特に京都は観光客であふれていますので、京都にホテルや宿泊施設は儲かるという発想で、素人の方の参入も増えているようです。伝統と歴史を守り続ける京都ならではの旅館を継続させていくためにも、今後の取り組みや構想をお聞かせください。
 
小野　ハードとして35 年が経過しましたので、ターゲットを明確にしたハードの改装をこれからの30 年のために作り上げていきたいと思います。これまで修学旅行生の宿として先端を走ってきましたが、今後は修学旅行生においては富裕層が通う私学の学校に絞込むとともに、修学旅行を軸とせず団体から個人旅行に舵を切っていきたいと思います。何年か先が読める修学旅行の宿は経営的に考えれば捨てがたいという声もありますが、少子化や旅に求めることの変化に対して対応していかなければ、これから先の存続は厳しいものになると思います。そのためにも京都の旅館の奥深さを実際に体感していただける“ほんまもん”の旅館体験ができる宿を作り上げていきたいですね。京都には本当にすてきなホテルが増えています。だからこそ、付き合う前のとてもステキな人が家に遊びに来る感覚でお客様をお迎えすることを心に持つこと、例えばいつもその感覚で家の中をピカピカに磨いて、ステキな人のために好みのものを事前にお聞きして、その方のために一生懸命に作るという気持ちや、まさに京都の旅館が受け継いできた茶の心、お客さまのために最善を尽くす、“ほんまもん”のおもてなしができる旅館を作り上げて生きたいと思います。そしてもともと薬屋を営んでいた初代が願っていた“綿善旅館に宿泊したら心身ともに健康になれる”ことを目指していきたいですね。
 
福永　日本を代表する観光地京都だからこそ、日本人の奥深さや繊細さなどを旅館を通して体験してほしいですね。またさまざまな困難にも負けることなく突き進んでいく行動力でこれからもぜひ、旅館業界全体の底上げに挑戦し続けて下さい。本日はありがとうございました。

綿善旅館　若おかみ　
小野 雅世 氏
大学卒業後、メガバンクへ就職し、大阪で法人営業部に配属される。主に融資や外為関係の仕事に従事。3年半勤め退職。その後実家の旅館に入り、二児の子育てをしながら、「旅館」のブランディングを目指し生産性やサービス向上に奮闘中。2015年、観光庁の「旅館ホテル生産性向上モデル」に選出され、業務の効率化を実現。成功事例として2017年安倍首相の前でも紹介される。また、同時期より旅館の魅力を伝える活動として大学や同業者や他業種の経営者に向けて講演を行ない、現在では「京都府就職特命大使」に任命されている。綿善夏のイベント２０１９年天麩羅ナイトでは京都の地元ソーシャル企業とのコラボレーションを行なうなど、旅館から京都から日本を世界をハッピーにできる旅館になるべく、日々奮闘している。

㈱フェイス　
代表取締役　福永 有利子 氏
レストラン・ゲストハウスのウエディングプランナーから各現場の管理職としてマネジメントを担い、確実に業績を伸ばしてきた。2003年にウエディングプランナー養成スクール講師を始め、2006年から2015年まで大学にて非常勤講師として教壇に立つ。2006年堂島ホテル婚礼部長、2008年同ホテル副総支配人。2009年に㈱フェイスを設立。代表取締役に就任し、現在に至る。現在は、全国のホテルやゲストハウスにて成約率向上を目的としたトレーニングや、集客戦略立案・実践支援などのコンサルティングに加え、会場のビジュアル改善や各種販促ツールの制作など、ウエディング事業の収益改善に向けた業務支援を幅広く行なっている。また、現役ウエディングプランナーの人材育成や専門学校生やウエディング業界への転職希望者などを対象としたスクールも開講。今後は、ウエディング業界を超えて、ホテル・ホスピタリティ業界にて、人材育成マネジメントを広く担っていく。2018年4月から神戸国際大学客員教授。2019 年4 月から神戸女学院大学 非常勤講師。
著書：『ウエディングプランナーじゃない、アカンのは上司や！ 悩める管理職のアメムチ１９の育成術』