ホテルメトロポリタンエドモント 統括名誉総料理長 中村勝宏氏
翁達磨 店主 高橋邦弘氏
はじめに
以前、このホテルレストランの誌面で十六名の食のエキスパートの方々と対談させて頂いた。このことはかけがえのない財産となっている。そして改めて食の深さを知ることとなった。今日、世界的にさまざまな問題が生じ混沌として厳しい時代となった。しかし私どもはいかなるときも食と向かい合ってゆかなければいけません。この度の対談の再開にあたり、新しい視野の元、敬愛する皆さまと互いの胸に響きあえる対談を心してまいりたい所存です。
豪華客船 飛鳥でふるまう蕎麦
中村 あの時、ウィンザーのそば処「達磨」の斉藤さんは、高橋さんの直弟子の方ですが、すごく頑張っていましたね。あのサミットのときも、大将が来られるということで、気合が入っていました。実際にあのとき、各国首脳の御婦人方の食事会のとき、高橋さんに蕎麦を打っていただき、食べていただきました。また豪華客船の飛鳥で世界一周の一区間にも乗船していただき、蕎麦を打っていただきました。飛鳥は日本人の乗客がほとんどですから、飛鳥の料理長から「蕎麦打ち名人を紹介してください。」と頼まれたとき、「紹介できるけど大変だよ。その方は水を何トンも持ってくるけど大丈夫?」と念を押し、高橋さんを紹介しました。その後すぐ高橋さんに電話したら、その場でやると言われましたが、あのとき水はどうされたのですか?
高橋 サントリーの南アルプスの水を使いました。
中村 結構な量を積んだんですよね? 後から聞いたらやっぱり水が大変だったと言っていましたよ。
高橋 それと後は丸抜きと言う蕎麦の実の皮をむいたものを袋詰にして低温倉庫に入れてもらって、石臼を積んだんですよ。石臼の工場が名古屋にあるんですけど、名古屋港に飛鳥が寄ったときにそこで石臼を積んでもらって、船内の倉庫にセットしました。ですから、石臼と丸抜きと水で大変な経費がかかっていますね。
中村 いやぁよくぞそこまでやりましたね。あの時に高橋さんの蕎麦を食べられたお客さまはすごく贅沢でラッキーでしたね。飛鳥の食の力がさらに高められたと思います。
高橋 そうですね、あのときは普通のお客さまは1日1 回1 枚と制限していましたが、ロイヤルのお客さまだけはおかわり自由でやらせていただきました。
中村 でもご本人は軽く言っておられますけど、本当は大変なご苦労があったと思います。
高橋 釜がなかなか言うことを聞かなくて。パスタを茹でる釜用に、落とし込みのザルを特別発注して、それで入れて引っ張り上げるような形でやっていました。それと電気でしたので、どうしてもこっちの思ったとおりに沸き上がらなくて…。
中村 なるほど。電気ですと窯の中心から湯が湧き上がりませんのでそこの塩梅が思うようにいかなかったのでしょう。それでも懲りずにまた乗られましたね。一度私がバルセローナからニューヨークに着いたとき、ほんの5 分ほどお会いしましたね。
高橋 そうそう、でも大変でしたけれども、とても楽しかったですよ。良い思い出です。