はじめに
以前、このホテルレストランの誌面で十六名の食のエキスパートの方々と対談させて頂いた。このことはかけがえのない財産となっている。そして改めて食の深さを知ることとなった。今日、世界的にさまざまな問題が生じ混沌とした厳しい時代となった。しかし私どもはいかなるときも食と向かい合ってゆかなければなりません。この度の対談の再開にあたり、新しい視野の元、敬愛する皆さまと互いの胸に響きあえる対談を心してまいりたい所存です。
まごころの込め方
中村 辰巳先生のご自宅はお久しぶりでございます。以前、何回かお伺いしておりましたが、だいぶごぶさたしております。
辰巳 覚えてくださっていらっしゃってありがとうございます。
中村 本日は貴重なお時間をいただきましてありがとうございます。
辰巳 とんでもございません。いただいた対談のご本を楽しく、感心しながら読ませていただきました。
中村 16 人の方々との対談を、昨年一冊にまとめさせてもらったものです。
中村 それでは先生、そろそろ始めさせていただきましょうか。
辰巳 よろしくお願いいたします。
中村 今日はお伺いしたいことが多くございます。まず初めに、何回か既にお聞きしておりますけれども、料理研究家として戦後の時代をリードされ、ご活躍なさったお母様の浜子先生の思い出などを改めてお話しいただけたらと思います。
辰巳 そうですね。直接食べることについてでありませんが、とても母らしいと思えるような思い出が多々ございます。それはまず掃除についてですが、私の掃除の跡を批評したんですね。「今日は大事なお客さまがいらっしゃるからここのお座敷を掃除してください」と言われ、母がわざわざそう言うのだから、よほどきれいにしなければ大変だと思って、それこそなめるようにお掃除をしたんですよ。それで2 回掃くし、2 回艶拭きをかけて、シーンと静まったようなきれいな部屋になった。そうしたら母が様子を見に来て、一言いったんですね。「あなたはまごころの込め方を知らない人ね」とね。
中村 それはそれは(笑)。