当コーナーも今回でいよいよ20 回目を迎えた。幅広い産業で「予防医療」、「未病」、「健康増進」、「ウェルネス」などをキーワードとした新たなビジネスが続々と誕生している今、ホテル事業者も、宿泊部門と付帯施設のリソースを上手に組み合わせて活用することで収益を生むビジネスを生み出すことができるはずなのに、そもそもそういったマインドがホテル業界には希薄だと感じ、僭越ながら啓蒙的な意味も含めて当コーナーを設けた経緯がある。今回は20 回目の節目に、日本において医療をビジネス的視点からとらえるマインドが形成されてきた経緯についてまとめた。
EBM がもたらした医師の意識の変化
読者の皆さまは「EBM」という言葉をご存じだろうか。
「EBM」とは「evidence-basedmedicine」の略であり、「根拠に基づく医療」と和訳されている。概念そのものは1960 年代から存在していたが、文献に初めて登場したのは1992 年のことだ。
定義は「診ている患者の臨床上の疑問点に関して、医師が関連文献などを検索し、それを吟味したうえで患者への適用の妥当性を評価し、さらに患者の価値観や意向を考慮したうえで臨床判断を下し、医療行為を行なうこと」-とされる。EBM の概念は以下の通り。
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① 患者の臨床問題や疑問点を明確にす
② それに関する質の高い臨床研究の結果を効率よく検索する
③ 検索した情報の内容を批判的に吟味する
④ その情報の患者への適用を検討する
⑤ ①~④までのプロセスと患者への適
用結果を評価する
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EBM 的なアプローチの背景として、病院や医師ごとに同じ病気でも診療パターンが異なること、膨大に存在する薬剤の効果に関する臨床試験のデータが現場には活かされていないことなどが指摘されるようになったことがあげられる。
北米やヨーロッパで90 年代に推進され、これを追う格好で日本では90 年代半ばから後半にかけて注目され始めた。特にアメリカでは社会制度改革の一環として医療の効率化が推進されたこともあり、急速に浸透していった経緯がある。
もちろん、こうした動きが加速化した要因にはインターネットの普及が深く関連している。膨大な臨床研究論文や統計データなどに容易にアクセスし、検証できる状況が許される以上、それを活用しない理由など存在しない。まさに「集合知」による診療の時代の到来である。
日本に限らず医師の診療行為は、主に自身の経験や上長者の判断、そして紙ベースの文献などに基づいて診療していた。なんともいい加減なことのように感じる読者もおられるだろうが、今日のようにインターネットをはじめとする情報技術が誕生し浸透するまでは、そうするほかなかったのである。
当初はアレルギー反応を起こした
日本の医療界
EBM はすでに日本でも浸透しているが、当初は、多くの医師や関係団体が極度のアレルギー反応を起こしたことを記憶している。
EBM 本来の概念は、高度で適切な医療を安定して患者に供給することを目的に誕生したものだが、医師の裁量を制限し、「個々の医師の判断を信頼せず、統計情報をベースに医師は診療行為を行なうべき」との考え方に通ずると認識し、生理的な恐怖感に突き動かされたのである。
そう言うわけで、医師や医療関係者、そして関連メディアも「EBM のような効率第一主義の医療を受け入れるのは個人主義文化がベースにあり、しかも(当時は)社会構造も経済状況も袋小路に陥っているアメリカだからこその現象。貧富の差が受けることのできる医療の質に反映されるような歪んだ社会構造の象徴であり、日本でこれを取り入れることは全くナンセンス」というのが大方の予想であった。
わずか20 年ほど前までは、日本においては、医療をビジネスとしてとらえることに関して、ネガティブな反応を示す医師が本音はどうあれ大多数であった。「人の生き死にと深く関与する治療行為をなすことを許された医師というのはまさに聖職であって、貧富や立場にかかわらずあらゆる患者に対して自らが施しうる最高の医療を、仮に対価を得られなくとも提供するのが務め」というわけである。