田中 伝統・文化を継承していくことは簡単なことではありません。創業以来、守り続けていらっしゃることはどのようなことですか。
中村 どのようにすればお客様にお喜び頂けるかという事が、最大のテーマでお仕事をさせて頂いております。私は、三つの理念を掲げております。その一つは、「真実一路」です。私自身や社員にも言い聞かせていることですが、何をするにもやはり心が一番大切だという事を。仕事や人生を通して全ての事に、誠実に丁寧に接しさせて頂く心を磨いていくことが、また心を養っていくことが、一生の課題だと思っているのです。簡単なことではありませんが、人様が見ていようが、見ていまいが、神仏、お天道様がご覧になっていらっしゃるという思いで、誠意をもってやらせて頂く事が何よりもおもてなしの原点だと思います。国や民族、言葉、習慣、文化、食も違う中で、世界共通なのは真心が通じ合う事です。私は、おもてなしとは、言葉の通り「表なし」ととらえ、ご来荘前のしつらえが最も大切であると考えています。準備、下ごしらえ、気配りといった裏・陰の働きなくして、お客様の満足度を高めることはできないと思っております。
あと、ご来荘後、限られた時間の中で、いかにしてお喜び頂けるかを瞬時に察知させて頂き対応させて頂く事が求められます。時にはご用意していた器や料理、お軸なども急きょ変えることがあります。
田中 きめ細かな気配りですね。目には見えないものが結果としてお客様にとって居心地の良い、清らかな空間を作り上げていらっしゃるのですね。「ご縁の橋渡し」はどのようなことをされていらっしゃるのですか。
中村 各界の方々にお越し頂いて、本当にもったいなく、ありがたいなという私どもだけのご縁にとどまらず、皆さまにそのご縁を橋渡しさせて頂き、お喜び頂ければ、こんなに嬉しいことはござません。例えば、ご結婚相手のご紹介、企業様同士のご紹介、お相手様同士がお喜び頂ける「ご縁の橋渡し」役が、努めさせてもらえればこの上ないことと存じます。三番目に「美しいものへの憧れと共有」です。
人は誰でも美しいものに憧れ、それに向かって生きていると思うのです。常に物を見る目や感性を高めていこうと探求する気持ちを大切にして、京都の歴史・伝統・文化のぎっしり詰まった美しい地で、料理や器、書道・茶道、華道、古典芸能、文学、着物、庭、建造物等々、ありとあらゆる美学が要求されるお仕事に携わらせて頂いております。少しでもより良きおもてなしがご提供できますようにと、食文化はもとより、古典文化の紹介や音楽、美術など、総合芸術の文化サロンとして香り高いライフステージ作りと、国際感覚を担った心の通う創造力豊かな吉田山荘を目指して参りますことが、私どもに与えられた21世紀の新しい時代への使命と認識いたしております。以前、世界の「ケイト・グリーナウェイ賞」で知られる英国の女流絵本作家Kate Greenaway（1846-1901）の生誕150 周年にちなみ、NHK のご協力をえて全国6 会場で、絵本展を開催いたしました。心の豊かさとは何かを求め、絵本が大切であるという事を感じております。弊店の一階洋間には、グリーナウェイの絵本を僅かながら常設しております。
田中 私たちは目に見えるもの、見えないものの中にある美しさを常に求めています。それにより明るさや喜びを感じたいと思うからです。美しい絵画や心打たれる本、歴史や伝統・文化から感じる美しさなど、心洗わられるものを追い求めています。そのあこがれを共有することで自然と知識も高まり、さらに本物の価値を理解できる力も高めていくことができます。美を追求していくことは愛に通じます。まさに美と愛はイコールであると私も思います。私にとっても美への追求は永遠のテーマであり、人間を進歩させつつも古き良きものを理解できるようになるための心のスイッチを入れるのには欠かせないことだと思います。最後に吉田山荘を次世代に受け継いでいくお嬢様たちにひと言お願いいたします。
中村 京の奥深い歴史・伝統・文化を学び、季節感や京の歳時記を尊び、大切にしながら思いやりの心、真心を持って丁寧な仕事ができるよう、努力してほしいと思います。弊店のおもてなしの一つとして、20 年以上前から女将直筆の季節に合った千年前の平安古歌をご来荘の全ての人に添えて、文化の香りをお楽しみいただいておりますが、出来れば、変体仮名や歌を勉強して伝承していってもらいたいと願っています。何といってもグローバル化の時代、海外のお客様も多く、和食がユネスコの無形文化遺産になり、大変期待を持っていらっしゃいます。旬の季節の新鮮な食材を、伝統を踏まえた調理法に基づき（昆布・カツオ出汁をベース）会席料理をお出ししておりますが、時にはお口に合うお料理、ご要望も承りながら、お客様にお喜び頂けますように。
また、家庭・仕事・人生は、皆繋がっております。良い仕事、良い人生を歩ませて頂くためにも、家庭生活は、全ての源であると思っております。清らかな風が通り抜けるよう、掃除、整理整頓、食事、健康管理、心づくりにも大切な場として認識し、吉田山荘の受け継がれている精神と理念、さらには目には見えない魂が宿っているこの宮家の建物を守り育てていってもらいたいものです。
田中 料理旅館の女将業をされながら、さまざまな場所で講演会を行なわれたり、季節に応じたコンサートなどを開催されたり、宴の席に添えられる筆で書かれたメッセージ、さらにはオリジナル商品やお土産、贈答品の企画開発など、フレキシブルに活躍されていらっしゃいます。カフェで提供される器は女将様がデザインされたとお聞きしました。多忙な中でも家庭の仕事も両立され、お客様一人一人に向けられたしつらえと瞬時な対応など、本当に素晴らしいことです。次世代をになうお嬢様たちもきっと母である女将様の姿を見てお育ちになっていますので、その思いをさらに次の世代に引き継いでいかれることでしょう。本日はご多忙の中、ありがとうございました。
中村京古氏プロフィール
元東伏見宮家の建造物である料理旅館の特性を生かし、「真実一路」と「御縁の橋渡し」「美しいものへのあこがれと共有」を理念に、ホスピタリティーの一環として季節ごとに音楽コンサート、地域への文化活動やイベントを企画、実施。また、着物文化の復興や、オリジナル商品の「京古ブランド」を、「生活空間の小宇宙を奏でる」をテーマにデザイン。他、各界の講演活動に幅広く活躍。世界連邦運動協会・京都支部理事。
田中みどり氏プロフィール
心理学・メイク・ファッション・イメージ学により、内面・外面の美を探求し、運命システム（生年月日より分析）やアーユルヴェーダ（インド伝承医学）などをもとに、人間が本来持っている能力や美を引き出す「バランス美学」を創案し、あらゆる業界や教育機関にて講演活動・コンサルティング・プロデュースも行なう。独自の「コミュニケーションおもてなし術・会った瞬間に相手の心をつかむ方法」は、販売促進や接客教育として好評を得ている。社会貢献として、平国創生神楽実行委員会副実行委員長・発展途上国支援のホープインターナショナル開発機構関西実行委員長・世界連邦文化教育推進協議会理事を務める。
