石原雅弘総料理長のスペシャリテの一つ「フランス・ブルターニュ産のオマール海老を使った逸品」
オマール海老をはじめとする旬の食材を使い、その季節を味わう料理を届けるのが石原氏の信条。そのためレストラン「ブラン ルージュ」のメニューは頻繁に変わり、何度訪れても新しいおいしさに出会える
一周まわって戻ってきたときに
より深い料理が作れるようになる
—どれくらいのスパンで職場を変えていくのでしょうか。
基本的に若い人は1年ごとに変えていきます。本人は「やっと覚えたのに」と想うかもしれませんが、それでも必ず変えます。中堅の場合は1年半から2年、シェフクラスは長くても3年以内に変えていきます。
前もって職場が変わっていく仕組みであることは伝えてありますが、人によってはポジションを変えられることに対して「ネガティブな異動である」という想いを持ってしまう場合もあるかもしれません。しかし、そういうことではまったくないのです。ホテルの料理人は、お越しいただいたお客さま全員にご満足いただくために、実にさまざまなことができなければなりません。自分たちのレストランのイメージを追求し続ける小さなレストランとは違って、ホテルの料理人にはあらゆる知識と技術が求められるのです。体操で言えば内村航平選手。全種目でしっかりと点数を取っていく存在になるために成長していかなければ、ホテルの料理人は務まらないと考えています。
もちろんスペシャリストの白井健三選手のように、一つの仕事をとことん究めていく道も素晴らしいと思います。それでもやはりホテルの場合は、専属で一つの仕事だけを担当する人材を育成しても、チーム全体のためにはなりません。その信念を持って、私は職場を変えていくやり方に取り組んでいます。—同じホテルの中であっても、職場を変えてまわしていくことに意味があるのでしょうか。
もちろんあります。一周まわるごとに視野が広がっていくので、同じ職場に戻ってきたときにより深い料理ができるようになっていたりします。そして複数のセクションで経験を積むことで、自分自身の見識が広くなっていくことを、上に立って指導する者は教えなければなりません。同じホテルの中にも料理を作るためのさまざまな職種があるわけですから、特に若い人たちにそのすべてを見せてあげることが、最初にすべきことだと考えています。
職場としては、まずフレンチレストラン。宴会料理のメインキッチン内の冷たい料理の部門、温かい料理の部門、肉をローストする部門、ビストロ料理の部門。異動していきながら、レストラン料理、宴会料理、婚礼料理、ビストロ料理、バーのおつまみ、ラウンジの軽食など、ホテルに求められるあらゆる料理の知識と技術、ノウハウを身につけていくのです。さらに東京ステーションホテルの朝食はアイテム数が75 種類以上あり、その仕込みは和洋中すべてを行ないます。その経験を通じて、自分の中の引き出しはどんどん増えていきます。多彩な料理の現場を1年おきに変えながら、すべて見せてあげることが重要なのです。
最終的にセクションのシェフとして「立派になった」と想える人材になるまでには、おそらく10 年以上かかると思います。時間はかかりますがしっかりとすべてを覚えてくれれば、ホテルにとって宝のような存在になってくれます。
10 年間かけていろいろなものを見た結果、「自分はこういう仕事が好きだったんだ」「こういう料理が作りたかったんだ」とあらためて気づく。それによって情熱を持って料理を作る人になれる。だからこそシステムとして、最初にすべてを見てまわる経験を提供してあげるべきだと思うのです。