JR東日本グループの日本ホテル㈱は、スマートホテルのためのシステムやツールを提供するスタートアップ企業株式会社SQUEEZEと連携。2023年、Suicaでチェックイン・チェックアウトが可能で、客室キーにもなるスマートホテル「ホテル B4T」を開発した。同ホテルではインフォメーションセンターでの遠隔接客により、省人化を実現している。本企画ではプロジェクトを推進したキーマン3人に、提携の背景と今後の可能性について聞く。
左からホテルB4T インフォメーションセンター 畑氏、日本ホテル株式会社 十楚氏
●日本ホテル株式会社 開発推進部 開発グループ 課長代理
十楚 晃一郎氏
●ホテルB4T インフォメーションセンター 支配人
畑 光範氏
●株式会社SQUEEZE ビジネスディベロップメント事業部 事業部長
森椙 愛子氏
※以下、敬称略
「Suica」の認証技術を活用し非対面で1秒でも早い接客を
■まず、日本ホテルとSQUEEZE提携のきっかけをお聞かせください。
十楚 2018年に新ブランドとしてスマートホテルのプロジェクトが立ち上がり、スマートホテルを目指してコンセプト、プロポジション、ターゲットを一から検討しました。それを形にしたのが「ホテル B4T」(以下、B4T)です。ちょうどその頃、「JR東日本スタートアップ」というベンチャーキャピタルが立ち上がり、毎年スタートアップ企業と協業してパイロット事業を進めるプログラムがありました。そこでSQUEEZEさんがホテルのスマート化の提案を持って応募してくださっていたのです。非対面で1秒でも早く客室でお過ごしいただけるというサービス思想に則っていましたので、まさにこれだと。また当時から、Suicaを認証技術にも活用できることは分かっており、JR東日本でも認証ビジネスとしての機会を拡大しようという中期経営構想がありました。その切り口で連携できるパートナーとして見たときに、技術面、費用面両方で秀でていたためSQUEEZEさんを選んだのです。
森椙 従来のPMSは納品型で、アップデートには施設ごとのカスタマイズが必要となり、都度費用がかかります。一方当社ではトレンドに合わせた機能改善や外部ツールとの連携を前提としたプラットフォームとして開発しており、ご要望に応じたスピーディーな対応が可能です。Suicaの認証機能との連携については、セキュリティ的なハードルはありましたが、システム開発自体は難解なものではありませんでした。
■畑さんは2022年8月に現場支配人としてアサインされたとお聞きしています。
畑 私自身、新規ホテルの立ち上げや支配人経験があったため、新しい取り組みに常に挑戦したいという願いが反映されたと考えています。私は建物やオペレーション、データ共有のための通信プロトコルを決定するタイミングで日本ホテルから責任者としてアサインされ、スタッフの採用や備品の選定、オペレーションの構築を進めていきました。
誰にも触れずにすぐ客室へ新たなニーズに応える設計
■開発側、運営側、PMS側の企業と、立場の異なるチームによる立ち上げが成功した要因はどこにあると思われますか。
十楚 「B4T」は手厚いサービスを受けず、誰にも触れることなく客室に行ける、手軽に予約ができることに便宜を感じる方をターゲットにしています。「B4T」のサービスは従来の形ではないということを認識して、オペレーションを設計していったことが成功の鍵だったと思います。得てしてホテルに従事するスタッフは、お客さまが求めているレベルよりも、さらに上のサービスを提供することがモチベーションです。けれども畑支配人以下、B4Tのスタッフがそこをしっかり理解してくれたことが非常に大きかったですね。
■ここまでサービスをする、しないという線引きも難しかったのではないですか。
十楚 そこは我々作る側、オペレーションチーム、システムパートナー側でかなり議論しました。開業したから終わりではなく、今もミーティングなどで関わっていただいています。運営していく中でのイレギュラーやトラブルをフィードバックして、より良くするための話し合いが円滑にできています。
畑 サービスについては当初、抵抗やとまどいを感じるスタッフもいました。都度、「ここは変えましょう」「ここは我慢しましょう」と柔軟性を持ちつつブラッシュアップを行ない、ブランドを体現しています。
森椙 日本ホテル様がお客さまのご意見を非常に大事にされており、対応するスピードがとても速いことも成功の要因だと感じています。また「B4T」が新ブランドとして作られ、トライアル的な挑戦もされているため、皆様が「既存の枠にとらわれず常にアップデートする」という姿勢であることも大きかったのではないでしょうか。
ゲストからの厳しい指摘もコンセプトを崩さず逐次考える
■オープン後の反響はいかがでしょうか。
十楚 スマート化による利便性への評価もある一方で、お客さまからの厳しいご指摘もあります。素早い改善活動が重要で、当初やろうとしていたサービスやブランドコンセプトの根幹が崩れないよう、よくよく議論した上で改善しています。その一つ一つの意見に対して我々が目指す姿をイメージして、判断することが大事だと考えています。
■ゲストの声からオペレーションに導入されたものはありますか。
畑 例えば体調の優れないお客さまに予備の布団をお貸し出しするとか、怪我をされたお客さまにタオルを一枚余分に渡すなど、安全や安心に関わることに関しましては極力対応するようにしています。
■業績についてはいかがですか。
畑 想定よりも多くの方に利用いただいており、ADRも事業計画時の予想を超えて推移しています。
十楚 その一つの理由として、周辺のホテルでインバウンドを取り込んでいるホテルが、軒並みADRが上がっている状況があります。そこの単価と出張や国内観光のニーズがマッチングしていない場合に、「B4T」の価格がマッチングしたのではと捉えています。運営費、固定費についてはまだ開業初年度で、平準化した実績が出ていません。ただ、メッツ一館分の人数で2ホテルを運営できるなど、人件費は確実に抑制できています。SQUEEZEさんが導入している、カンボジアの多言語スタッフによる「24時間遠隔コンシェルジュ」を参考にした、リモート接客のビジネススキームは、人件費の課題を打破するポイントになりました。
■最後に、今後の可能性についてお聞かせください。
十楚 「B4T」のネットワークを拡大していくことが、中長期的なゴールだと思っています。観光立国の貢献に対して、鉄道のネットワークと宿泊施設というシナジーを発揮していきたいですね。現在、地方の宿泊施設がない駅前等で、宿泊施設が欲しいニーズというのは必ずあると思います。そういった方々を「B4T」の開発や運営の仕組み、ソリューションを持ってサポートしていきたいですね。
畑 ホテルの従業員の働く場所として、新しい提案になれればと思っています。「B4T」の運営は田端にインフォメーションセンターを置き、そこにスタッフが常駐して、オンラインで遠隔接客をしています。つまり、センターがどこにあってもお客さまと接続できる状態なのです。これを利用して、お体やご家庭の事情があり現場で働くのは難しいけどホテルで仕事がしたい方に対して、新しい働く形として機能できればと思っています。
森椙 システムソリューションを提供する立場として今後チャレンジしたいのは、宿泊業と交通の連携です。移動情報と宿泊者情報を掛け合わせて、最寄駅到着時にホテルにアラートを出したり、滞在中に周辺のアクティビティを販売したり、移動前から滞在中の楽しみ全般を一気通貫で提供するようなCRMの取り組みなど、移動と滞在空間がシームレスにつながる仕組みを作っていきたいですね。
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